沖永良部の話が出ているので、もう一つ。
沖永良部にある和泊という町に私がいた教会はあった。あったといっても町からは離れており、四方100メートルに民家はなかった。風の向きによってはリーフに打ちつける波の音が聞こえてきた。夜の静寂はなかなかのもので、時おり激しく鳴くヤモリの声だけが家中に響いていた。
和泊の町の一角に小さな公園があり、そこに畳3畳ほどの刑舎がある。誰か犯罪人がそこに入れられているのかというと、そうではなく、それはかつて西郷隆盛がいた獄なのだ。江戸時代末期、島津久光に疎まれた西郷はこの島に流され、この獄の中で1年7ヶ月を過ごした。そして、この獄屋の中で有名な「敬天愛人」という言葉を彼は得たと言われている。
時折、私はこの獄を訪れ、色々なことを思いめぐらしたのだ。そもそも「敬天愛人」という言葉は、とてもシンプルだが、これは、はっきり言って聖書がいうところのエッセンスである。すなわち、天、すなわち神を敬い、人を愛すということ。
西郷さんは雨風が吹き込む獄屋の中で、どんな気持ちでこの言葉を思いめぐらしていたのだろう。人間とは不思議である。このような崇高な言葉は、恵まれた環境で生まれるものではなく、最悪と思われるところで生まれるのだから。
これからの季節、この島では白ユリが咲き乱れる。かつてはアメリカへもイースター・リリーとして出荷がなされていたということ。西郷はエラブの獄から「敬天愛人」という言葉と共に復活して、その後、日本のために力強く動き出したことを歴史は伝えている。
敬天愛人―「道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は我も同一に愛し給ふゆえ、我を愛する心を以て人を愛する也。」(現代訳)「道というのはこの天地のおのずからなるものであり、人はこれにのっとって行うべきものであるから何よりもまず、天を敬うことを目的とすべきである。天は他人も自分も平等に愛したもうから、自分を愛する心をもって人を愛することが肝要である。」 (西郷南洲顕彰会発行・南洲翁遺訓より抜粋)
マック