「モーセは妻の父、ミデアンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて、神の山ホレブにきた」 聖書:出エジプト記3章1節
かつてはエジプト宮廷において帝王学を学んでいたモーセでしたが、エジプトの王、パロに命を狙われ荒野に逃れ、その後40年もの間、一介の羊飼いとなり生計を立てていたことがありました。そのような都落ちは寂しく辛いことのように思えますが、静謐な場所に一人身を置くことによって、モーセは物事の背後にある深さを見極める力を養ったのではないかと思います。このような力の最大の敵はざわついた忙(せわ)しなさだからです。
「寂寞なく、黙想なくして、偉大な目的は決して遂げられることは無い。思想の浅薄さ、目的の曖昧さ、エネルギーの浪費などは、現代生活の忙しさ、騒がしさの結果である」 チャールズ・キングスレー(イギリスの牧師、文筆家)
これからの世界に本当に必要とされている人とは、スピードに優る人ではなく、物知りではなく、応急処置にたけている人ではなく、深さをもっている人だと思います。このことは、浅はかさを自認する自分に対する自戒の言葉であり、チャレンジです。そして、深さをもつために必要不可欠なものは「聖書」であり、「祈り」です。そして、一人になることを恐れない勇気です。
マック