もう十分でしょう

朝、ペテロ第一の手紙を読みながら『過ぎ去った時代には、あなたがたは、異邦人の好みにまかせて、好色、欲情、酔酒、宴楽、暴飲、気ままな偶像礼拝などにふけってきたが、もうそれで十分であろう』(4章3節)という言葉に目がとまり、特に『もうそれで十分であろう』という言葉に心がとまりました。

私達は色々なことに対して「これかあれか」と没頭します。特に若い時には誰しも通るところでしょう。しかし、それでも続けていると「これでいいのか、このままでいいのか」という思いが心をよぎることがあります。しかし、大抵、その内なる思いはかき消されてしまうことが多く「これかあれか」は継続されます。

さいわいなことに、私の人生に「もう、十分ではないか」と語りかけてくれた人がいました。「あれかこれか」で疲れ果てていた自分に対して、その一言が救いとなりました。今振り返りますと、もしかしたらその時、私は誰かがその一言を言ってくれるのを待っていたのかもしれません。

『それは、肉における残りの生涯を、もはや人間の欲情によらず、神の御旨によって過ごすためである』(4章2節)。

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