眠れることの幸い

ここ三年ほど、色々な事情があり、何度も訪日しました。時間を超えて移動することには「時差」という問題があるのですが、自分に合ったあるコツを見つけ、これまでは大抵、日本、アメリカ到着初日から朝まで眠ることができ、それ以降、時差には悩まずにきました。しかし・・・・今回はこちらに帰って一週間が経ったのですが、ちょっと状況が違います。

実は昨晩もなぜだか目がさえており、今朝五時まで眠れず、今もボ~としながら礼拝のメッセージを備えたり、このブログを打っています。とにかく、今日という一日、どこかで眠ってしまうとまたもや悶々とした夜を迎えることになるので、なんとかがんばっています。

これまでの私は眠ることに苦労したことはありませんでした。だいたい横になれば10分足らずでどんな場所でも熟睡します。ですから「夜、なかなか眠れない」という方の気持ちを知らずにいました。しかし、この度、眠れぬ夜を過ごすにつれ(そんな時はあれやこれやと一人考えるよき時でもあり)、眠れないという方達の気持というものが分かりました。そして、眠れるということの絶大なる幸いを知りました。そのような意味において、このような大切な「気づき」を与えてくださった天父に感謝しております。

さてさて、この不眠は解決されるのか。それとも齢ゆえに、これを機にこれから続いていくものなのか。この先の成り行きを見守りたいと思います。あ~、でも本音を言えば、今晩は泥のように眠って、朝を迎えたい(笑)。

ボ~・マック

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