今月に入り、教会のメンバーであるお二人の方が天に召されました。そのお一人であるWさんの葬儀は二週間前に、そして、もう一人のSさんの葬儀は今日、執り行われました。Wさんも、Sさんも私達に多くの思い出を残して、父なる神のもとにおかえりになりました。
言うまでもなく私はキリスト信者です。そのキリストが天国について語っておりますから、私は天国を信じています。ですから葬儀では必ず天国の希望を語ります。それは私が願っている希望ではなくて聖書が約束している希望です。
『あなたがたは心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。2わたしの父の家にはすまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである』 (聖書:ヨハネ14章1節-3節)。
『ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。死のとげは罪である。罪の力は律法である。しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである』(聖書:コリント第一手の手紙15章51節-58節)
Wさん、Yさん、ありがとうございました。どちらの葬儀でも感じたことは、お二人が多くの方達に愛されていたということです。どうか安らかに、御国でお会いできますことを楽しみにしています。
マック