フィリップ・ヤンシーの「誰も知らなかった恵み」(いのちのことば社)という本の中に1960年代に人種差別廃止のために活動していたウィル・キャンベルという人の話が出てきます。彼はキング牧師の公民権運動に賛同して活動したために多くの攻撃を受けた人です。その彼の活動にイーストというキャンベルの信仰に懐疑的な新聞記者が「キリスト教のメッセージを十語以内で言うと、どうなるんだ」という質問をしました。
「聞かせてくれ。十語でだ」。彼がそう言った時、キャンベルはこう言いました「私たちはみんな親なし子のろくでなしだが、それでもとにかく、神は私たちを愛している」。
顔には出しませんでしたが、このキャンベルの言葉はイーストの心に刺さりました。なぜなら、イーストは父を知らずに育ち、そのことで辛い経験をしてきたからです。この言葉はイーストには思いがけない一言であり、同時にキャンベルのこの言葉は神学的にも正しいものでした。私達は霊的には親なし子であり、父親が誰であるか分からないにもかかわらず、神の家族に入るように招かれているからです。
『もしも僕がいつか君と出会い、話し合うなら、そんな時はどうか愛の意味を知ってください。愛じゃなくても、恋じゃなくても、君を離しはしない。決して負けない強い力を僕はひとつだけもつ』
マック
追伸:イーストと同じように心に刺さった方がもしおられましたら、明日の礼拝でお会いしましょう!
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