「    」

今日の礼拝メッセージタイトルは「     」でした。「     」には各自の心の中にある日本に対する祈りを入れてください。

今日、礼拝でお話したメッセージです↓。よかったらどうぞ。映像はこちらから (映像はこれまでお勧めできないほどに音声が悪いものでしたが、今日から改善しました。かつてよりもとても聞きやすくなりました)。

「                         」                                                        2011年3月13日

木曜日の晩、インターネットを見ていますと東北地方に大きな地震があり津波警報が出ているとのニュースが目に飛び込んできました。これまでのたいていのニュースは津波警報が出てもすぐに解除されたり、その津波の高さが20cmというようなことで、今回もそのようなものかなと思ったのですが、テレビをつけるとちょうど宮城県沿岸に津波が押し寄せる中継をしている最中で、陸地を襲った大波が家や車を飲み込んで内陸に突き進んでいる様を見ました。

「これはただごとではない!」とできる限りの情報を集めたのですが分かったことは、その大地震は観測史上最大のもので、その大きさもマグネチュード9.0と、専門家によりますと地震エネルギーは神戸地震の1000倍にもなるということが分かってきました。その時、宮城県内にいたある女性は「日本も沈没か」と思ったそうです。今、現在、死者は2千人ちかいと言われていますが、この数はこれから増えていくと思われます。

この朝、私達はこれらの命を失われた方々、そして、そのご家族や友人、また、今も行方が分からない方々に深い悲しみと共に祈りを捧げるものであります。未だ救出されていない方々が一刻も早く救い出されますように、これから長い年月が必要となるかと思いますが、その復興が日々、着実になされていくようにと心より祈ります。

木曜日の晩にそのニュースを見ながら、1999年の911の中継映像を見ていた時と同じ思いが心にわいてきました。この惨事に対して教会は何を語るべきなのか。実は今日、お話しするメッセージは今回行かせていただきましたイスラエルのレポートと共にお話しをさせていただく予定だったのですが、それはすべてキャンセルして、もう一度、祈りつつ、御言葉に向き合わせていただきました。

私達は時に想像を超えるような災難に見舞われますと「神はいったい何をしているのだ!」とか「私達にこんなことをする神なんかいるわけはない」というようなことを聞きます。しかし、はたしてそれは正しいのでしょうか。私達の命は私達を取り囲む自然法則によって生み出される恵みによって保たれています。聖書が「地はおのずから実を結ばせるもので、初めに芽、次に穂、次に穂の中に豊かな実ができる」(マルコ4章28節)と記していますように、私達がこの大地の法則によってその命を保っているとおりです。

しかし、この法則というのは私達が願うものばかりではありません。この法則は全てのものはやがて弱り、傷み、朽ちていくということをも持ち合わせているからです。たわわに実った柿の実が一年後にもその枝につながっているということはないのです。時がくればその実は枝に繋がりきれなくなり、地に落ちていきます。私は地震の専門家ではありませんが、聞いていることは地震は地殻内部の岩盤同士にある断層が急激にずれ動くことだといいます。そして、この断層とは過去の地震でできた古傷のようなものであり、そこでは同じような周期で地震が発生するというのです。

新車がやがて中古車となり、多くの故障が見つかって廃車となるように、この地球も古傷を負うものです。地球環境は年毎によくなるという法則に従っているのではなくて、その逆なのだということを私達は受け止めなければなりません。そして、その法則は地震に限らず、いかなる自然災害が日本のみならずこの南カリフォルニアでも起りうるものなのです。

マタイによる福音書には弟子達が世の終わりについてイエス様に尋ねているそのやりとりが記録されています(マタイ24章3節‐8節)

3またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」。4そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。5多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。6また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。7民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。8しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。

このところでイエス様は地球の耐用年数ということまで踏まえていたのでしょうか、その兆候として人の心が病んで傷つき、戦争や騒乱が起き、民は民に、国は国に敵対して立ち上がるように、大地も傷つき疫病はききんを生み出し、同じように大地震が起こると言われたのです。

このところでイエス様は「世の終わり」の前兆の一つとして、その時には「あちこちで地震がある」と言っています。このような聖書の言葉を取り上げて、いたずらに世界の終わりに関心を寄せさせようということを私は願いません。しかし、私達は冷静にこのイエス・キリストの言葉を心に留める必要があります。キリストは今から2000年前に世界から地震というものが減っていくとは言っていないのです。そうではなくて、かえって「あちこちに地震があるだろう」と預言しているのです。それはこの地球の地殻の中で起きている法則のうちに必ずあるもので、その頻度が増えるだろうと言っているのです。この朝、私達はまずこの事実を冷静に心に留めたいと思います。

二つのめことをお話します。まず最初にお話しましたことは地震に対する、冷静かつ客観的なことでした。しかし、この二つめのことは、個人的なことです。感情的なことです。すなわち、その震災の現場に立つ私達自身のことです。そのような場所で今、お話したような冷静、かつ客観的なことを考えている人はなく、私達はもっと自分の感情というもので、このことを受け止めます。そうです、私達はそのような震災に対する恐怖や悲しみなど、あらゆる感情をもちます。

この災害があった日、長男が私と一緒に震災の中継映像を見ていましたが、彼は怖くなってその晩は既に眠っていた弟のベットにもぐりこんでいました。これが私達の姿です。私も家々が飲み込まれていくその生の映像を見た時、当然、恐怖と悲しみを感じました。日本から5000マイル離れた国にいる自分でさえ、そう感じるのであるならば実際にその場にいた人たちの思いというのはどんなものであったかと思います。Last Friday,

詩篇46篇1節‐3節にはこのような御言葉があります。多くの方々はこの御言葉を心に思いおこしたのではないでしょうか。神はわれらの避け所、また力である。悩める時のいと近き助けであろう。このゆえに、たとい地は変わり、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、われらは恐れない。

ここには「恐れない」という言葉があります。まさしくここに記されていることは「天変地異」なのです。しかし、この著者は恐れないというのです。信仰をもっていれば、私達は地が変わり、山が海の真中に移っても、水が鳴りとどろき、あわだち、山が震え動いても、私達は恐れることはないのでしょうか。正直、私は「そのとおり」とはいえないと思います。それでは、この聖書の言葉は信仰の建前を言っているのであって、ただなんとも勇ましく、頼もしい言葉を並べたものなのでしょうか。

いいえ、そうではありません。聖書はまず最初にお話しましたように「そんなことは起らないさ」というような気休めをいう書物ではなく、それは確かに起きると言っている、とても現実的なものです。そして、実際にその現実に私達が直面するのであるならば、私達は恐怖と悲痛に当然、襲われるのです。しかし、私達はそれに支配されることはないということ、そして、そのような中でも決して希望を失うことはないというのが聖書が言っていることなのです。

先ほどお話しましたマタイ24章の最後のほうを見ますとイエス・キリストはこう言っています「天地は滅びるであろう。しかし、わたしの言葉は滅びることがない」(マタイ24章35節)。

「天地は滅びるであろう」。そうです、これはイエス様が言われている確かに起こる現実的な事実です。もし、このイエス様の言葉がこの後、何も続かないのであるならば、私達には希望はありません。全くありません。しかし、この言葉は続く。「しかし」という言葉で続くのです。すなわち、天地は滅びるけれども、しかし、わたしの言葉は滅びることがないということです。

「わたしの言葉は滅びることがない」ということはどういうことなのでしょうか。聖書という書物を言っているのでしょうか。いいえ、聖書も物質である限り、燃えればなくなりますし、やがては痛み、朽ちていきます。しかし、そこに約束されている言葉は決して滅びないのです。

「The Book of Eli」という映画が昨年放映されました。核戦争によって世界のほとんどのと人間が滅ぼされた後、無法地帯となり、暴虐と殺戮で満ちた世界で生きる一人の男の物語です。その世界ではかつて人間が書き残した書物というものも、全て失われた世界なのです。しかし、その中で一人の男が一冊の聖書を背負って旅を続けます。それは地球上に残る最後の聖書なのです。彼はその聖書をもって米国の東から西に向けて旅を続けます。その途中ではその聖書を奪おうとする悪党と戦い、まさしく命をかけてその書物を守るのです。

彼はその旅の中で一人の少女と出会います。追っ手を逃れて荒野で火を起こして野宿をしている時に、その少女が彼が大切そうにしている書物を読んでくれと言います。この少女が生まれた時には、既にその世界から聖書は失われており、彼女は聖書を知りませんでした。エリは彼女の願いにこたえて闇夜に聖書を読み始めるのです。

1主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。2主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。3主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。4たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。5あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。6わたしの生きているかぎりは必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。(聖書:詩篇23篇)

皆さん、天地は滅びる。聖書という書物もやがては朽ちる。しかし、そこに記されている神の約束の言葉は決して滅びることはありません。私達はこのような想像を絶する災を目の当たりにする時にこそ、このことを心に刻もうではありませんか。

この映画ではエリがその少女と食事を取るべく、向き合って座るシーンもあります。そして、両手を彼女に差し出し、頭を垂れるのです。彼女は彼に聞きます。「何をしているの」。彼女は「祈り」というものが全く存在しない世界に生まれたのです。

彼は言います「俺を信じろ。そして、目を閉じろ」そして彼は彼女の手を握り、こう祈ります「主よ、この食事を感謝します。私達を寒さから守る屋根があり、身を伏すことができるベッドがあることを感謝します。このような困難な時に与えられている仲間を感謝します」と。

 このメッセージを備えることに困難を感じました。日本からの被害状況が明らかにされればされるほどに、何を語れるのか悩んだからです。しかし、行き着いたことはとてもシンプルなものでした。天地は滅びる。しかし、神の言葉は決して失われることはない。私達は死の陰の谷と思われるような所を通ることがある。しかし、神は決して私達を離れることはない。そのことが私達の全てであり、私達の唯一の希望なのです。

お祈りしましょう。天のお父様、私達は去る数日間、目を疑うような現実に向き合いました。そして、今もその現実に向き合っています。多くの命が奪われ、多くの人達が未だにその行方が分からずにいます。未だ私達の祖国、日本は混乱の中にいます。どうか、私達を哀れんでください。私達は弱く、恐れを感じ、悲しみで心が張り裂けそうです。どうか、そんな私達にあなたの約束の言葉が強く、強く、強く、語りかけてください。そして、あなたがこのような時にも共にいること、あなたこそがこの状況から立ち上がっていく私達の希望であることをもう一度、思い起こさせてください。主イエス・キリストの御名によっておいのりします。

 

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「    」」への4件のフィードバック

  1. 先生。
    ご無沙汰していました。
    fkmです。
    メッセージ、USTREAで聞きました。
    メッセージとお祈り、ありがとうございます。
    同じ日本、それも、同じ地震を体験したwたしでさえ、東北の沿岸地域の惨事はとても信じられないというか・・はげしい余震の中、オンタイムでテレビに映っていたのですが、もう、涙が出る以外、何もなかった。
    わたしも、祈っています。

  2. 「The Book of Eli」という映画見てみたくなって探索しました。邦題は「ザ・ウォーカー」のようで昨年封切られた映画ですね。レンタル屋さんで借りて見ます。最近映画離れしていたので良い映画を紹介して頂き嬉しいです。
    メッセージを見させて頂いたのですが、こちらのPCのせいで何度もフリーズを繰り返すので快適には見れませんでしたが、メンバー登録させて頂きました。改めて活字でメッセージを拝見し勉強させて頂きました。ありがとうございます。
    映像を拝見し、なんとなく若き日の内村鑑三を想像していました。
    MAC先生の今後のご活躍を楽しみにしています。

  3. メッセージをいつも心から感謝いたします。
    私の実家・青森(津軽地方)では大きな揺れの後の停電が長く続きこの時期まだ寒い青森で大変だったようです。そして、停電が解除となった時に知った津波後の情報に呆然としたらしいです。現在は石油やガソリンが全く入手できない状況、しかもGSでは今後入手の予定が立たないとの事、通勤にも支障があるようです。多くの被災者の方々の事を考えると、本当に心が痛みます、離れている私が出来る事はせいぜい心配をし、寄付をし、祈ることぐらい・・・悔しいです、歯がゆいです。
    こんな中、日本の国の指導者達が的確な判断をすることが出来るよう祈っています。

  4. fkm1225さん
    守られているとお聞きし、安心しました。でも、今の原発のことを聞き、案じています。気をつけてくださいね、fkmさん、ご家族皆が守られることを祈っています。
    Daisakuさん
    この震災を通してますます聖書の言葉に目が開かれます。映画の最後には驚くべきことが明らかになります。
    Powayさん
    ご家族が今後も守られますように祈ります。こちらでできることをさせていただきましょう。

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