デイ・オフ。現在、公開されている『Mad Max: Fury Road』を観てきました。舞台はヒューマニティーが完全に失われた滅茶苦茶な狂気の世界。よくぞここまでグチャグチャな人間を描写したなと思わされる映画でした。目に飛び込んでくる無残なシーン、聞こえてくる不快な爆音、どこかで聞いた話だなと思いましたら、なんと思い起こされたのは身近にある聖書の中の一節でした。
『イスラエルの人々よ、主の言葉を聞け。主はこの地に住む者と争われる。この地には真実がなく、愛情がなく、また神を知ることもないからである。ただのろいと、偽りと、人殺しと、盗みと、姦淫することのみで、人々は皆荒れ狂い、殺害に殺害が続いている』(ホセア4章1節ー2節)。
『Mad Max』が完全にR指定なように、『聖書』もR指定とされうる書物です。聖書が包み隠さずに人間の姿を描いているからです。ですから、この人間に対するイエス・キリストのパッション、すなわち映画、『The Passion of the Christ』はPGではなく、R指定にならざるをえないのです(この意味が分かった時に私達はキリストの十字架の意味が分かります)。
『われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた』(イザヤ53章6節)
マック
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