自分がつくられた場所がある。実に35年ぶりにその場所、栃木県矢板に、宇都宮在住のたしんに連れていってもらった。久しぶりに故郷を訪ねる者が常に感じるように、かつての私の世界はなんと狭く、小さいものだったのか、そのことに否応なく、すぐに気がつかされた。
かつて母が牧会していた教会は取り壊されてなくなっていたが、いくつかの面影をすぐに見つけることができた。栃木といえば大谷石の産地、教会の前の家の塀もこの大谷石で造られており、小学生だった私は「巨人の星」の主題歌、「思いこんだ~ら~、試練のみ~ちぃ~を~」と歌いながら、この塀にボールを投げ続け、その度に住人のおじさんに追いかけられた。雀が電線に並ぶように、この家の塀に友達と登り遊び、これまたおじさんに怒鳴られた・・・(昔は近所にこのような怖いおじさんがいたものだ)。
教会から歩いて30秒のところにある川こそ、私が育まれた最たる現場となる。この川には(大げさではなく)毎日のように入り、ウグイ、オイカワ、クチボソ、ナマズ、フナ、コイを追いかけた。真冬になると川面には氷がはるのだが、ゆえに魚の動きもにぶくなると聞き、川面の氷を足でぶち破り、ブルブルと震えながら魚を獲った(極寒の中、この光景を人はどう見たのだろう)。辺りが闇で包まれるまで、ここで遊びほうけ、頭のてっぺんからつま先までビショビショのまま家に帰り、風呂に入って、夕飯を食べて・・・、(すべきことはあるのだが)、心満たされて、気持ちよく眠った。この日々の繰り返しこそが私の小学生時代であり、それ以上でもそれ以下でもない。
ある時、この川にかかる橋の柱にキセキレイが巣を作り、卵を産んだ(写真では花が咲いている場所がまさしくそのスポット)。毎日、学校から帰るとその卵を見に行くわけだが、終いには自分の理性を抑えることができずに、卵を家に持ち帰り、自分の懐で温めた(言うまでもなくこの卵から雛が孵ることはなかった。断っておくが子供とは本来、無邪気で残酷な生き者である。この事実を大人がごまかし、こぎれいにまとめようとすると、かえって後で反動がくると私は思う)。
まさしく、こここそ私という人間の原型がつくられた場所であり、私の原点である。あの日々、私が川の中で、草薮の中に見い出したものに勝るものは、以後、そんなに多くはない。このような場所を備えてくださった父なる神に心から感謝したい。つづく・・・。
マック
追伸:この川は鮎を食べた場所のものだが、私の近所の川もかつてはこうだった。人は川岸をせっせとコンクリートで固めてしまう。この草薮の中にこそ宝は隠されているのに・・・。日本の皆さん、日本は美しい国です。ぜひ、このような本来の川の姿を守ってくださいね。
35年も経って大倉少年のヴィジュアルも随分と変わっただろうに、皆さん、よくすぐに分かって懐かしがってくれてたよな。
当時の関わりがすごく濃かったんだよね。人の家に座敷に上がって、当たり前のように食卓囲んでいたりしたものね。まさしく古き、よき時代だったよ。