私達の多くはクリスチャンとして信仰をもっています。そして、その信仰生活の中で色々なことが起こります。長い人生、その中にはなぜ信仰をもっているのに「財産を失うのか」とか「病気になるのか」とか「事故や災いに遭うのか」ことがあり、そんな時に本当に神はいるのかと、自分の信仰に疑問を持つこともあります。
しかし、今日、胸に刻んでお帰りください。神様は私達を「豊かになるために」「健康になるために」「事故や災いに遭わないために」信仰者とされたのではありません。確かに神様はそれらをどうでもいいこととはしていませんが、明らかにそれらは神様が私達に願っている第一のことではないようです。そうではなくて、神様は私達に本当に「神の人」となってほしいのです。ですから私達が神の人と形造られるためには、モーセのようなミデアンの荒野のようなところを通らされることもあるのです。そのような所を通らされた後に神様は次の新たなる道を私達に示されるのです。
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思わぬ状況から幕は広がる 出エジプト記2章11節―25節 2010年11月28日
11モーセが成長して後、ある日のこと、同胞の所に出て行って、そのはげしい労役を見た。彼はひとりのエジプトびとが、同胞のひとりであるヘブルびとを打つのを見たので、12左右を見まわし、人のいないのを見て、そのエジプトびとを打ち殺し、これを砂の中に隠した。13次の日また出て行って、ふたりのヘブルびとが互に争っているのを見、悪い方の男に言った、「あなたはなぜ、あなたの友を打つのですか」。14彼は言った、「だれがあなたを立てて、われわれのつかさ、また裁判人としたのですか。エジプトびとを殺したように、あなたはわたしを殺そうと思うのですか」。モーセは恐れた。そしてあの事がきっと知れたのだと思った。15パロはこの事を聞いて、モーセを殺そうとした。しかしモーセはパロの前をのがれて、ミデヤンの地に行き、井戸のかたわらに座していた。16さて、ミデヤンの祭司に七人の娘があった。彼女たちはきて水をくみ、水槽にみたして父の羊の群れに飲ませようとしたが、17羊飼たちがきて彼女らを追い払ったので、モーセは立ち上がって彼女たちを助け、その羊の群れに水を飲ませた。18彼女たちが父リウエルのところに帰った時、父は言った「きょうは、どうして、こんなに早く帰ってきたのか」。19彼女たちは言った「ひとりのエジプトびとが、わたしたちを羊飼たちの手から助け出し、そのうえ、水をたくさんくんで、羊の群れに飲ませてくれたのです」。20彼は娘たちに言った「そのかたはどこにおられるか。なぜ、そのかたをおいてきたのか。呼んできて、食事をさしあげなさい」。21モーセがこの人と共におることを好んだので、彼は娘のチッポラを妻としてモーセに与えた。22彼女が男の子を産んだので、モーセはその名をゲルショムと名づけた。「わたしは外国に寄留者となっている」と言ったからである。23多くの日を経て、エジプトの王は死んだ。イスラエルの人々は、その苦役の務のゆえにうめき、また叫んだが、その苦役のゆえの叫びは神に届いた。24神は彼らのうめきを聞き、神はアブラハム、イサク、ヤコブとの契約を覚え、25神はイスラエルの人々を顧み、神は彼らをしろしめされた。
私達は「杭を強固に、幕を広く、綱を長く」という標語と共にこの年度を歩んでいます。そして、現在は「拡張工事中」というメッセージ・タイトルと共に、私達の幕を広く、綱を長く、あともう一歩、前にでようという目標をかがげ、これから二月まで聖書の中からメッセージを語らせていただいております。そんな私達が今朝、注目したい人物はモーセという人です。
「帝王学」という言葉がありますが、モーセはエジプト人ではなく、ヘブル人であったにもかかわらず、エジプト王朝において、英才教育を受けた人でした。当時のエジプトといえば、それは世界一の先進国でした。ピラミッドをはじめとする土木技術、天文学、地質学、そして医学、この医学にあたっては、現在、発掘される当時の人の遺骨に既に人間の頭蓋骨を開いてなされたであろう脳の切開手術の痕跡もあるといいます。また、世界最古の図書館はエジプトのアレキサンドリアにありました。そんなエジプトでモーセは学を積んだのです。後にステパノはモーセをして「エジプト人のあらゆる学問を教え込まれ」(使徒行伝7章22節)と言いました。
今日はそんなモーセについて出エジプト記の2章11節以降を見ています。ここに記されている時のモーセはその年、およそ40歳となっていました。ある意味、人生の経験もある程度して、体力もまだあり一番、旺盛に働ける時だったに違いありません。
そんな彼は、ある日、自分の同胞のへブル人達がエジプト人によって激しい労働を課せられており、それのみならず、その中の一人がエジプト人に打たれているのを見ました。彼はエジプトで育ちましたが、その体にはヘブル人の血が流れていました。彼はそれをみて心に怒りがわいたのでしょう、辺りを見回し誰もいないのを見て、そのエジプト人を打ち殺してしまいました。そして、その屍を砂の中に隠したのです。
その翌日、またモーセが出て行ってみると、今度は二人の同胞へブル人が互いに争っているのを見ました。彼はその二人のためを思い、その仲裁にあたろうとしました。しかし、その一人がモーセに言ったのです「誰があなたを立てて、われわれのつかさ、また裁判人としたのですか。エジプト人を殺したように、あなたは私を殺そうと思うのですか」。
これを聞いた「モーセは恐れた」と聖書は記しています。あんなに周りを見回して、誰にも気がつかれずにした昨日の事であったのに、もう知れ渡っている。しかも、同胞の民を思ってしたことなのに、同じ同胞の民から、この言葉を聞いた。そして、彼が恐れたように、エジプトの王、パロはこれを聞いてモーセを殺そうとしました。モーセはパロの殺害を逃れて、ミデアンの地へと逃れていくのです。
このミデアンの地とは、エジプトの都会の喧騒を何も感じない、何もない荒野であったといいます。その荒野にモーセはエジプトで与えられていたもの全てを残して逃れていきました。そして、そこで不思議な導きの中、チッポラという一人の女性と会い、彼女はモーセの妻となります。
この二人にはやがて一人の男の子が与えられ、その子に「ゲルショム」という名前をつけます。それは「わたしは外国に寄留者となっている」という意味で、それはまさしく彼の人生を意味するものでありました。結局、彼はそのミデアンの荒野で40年の月日を過ごすことになるのです。40歳の頃、同胞への思いからエジプト人を打った時、彼の腕力と知力はまさしく充実していたことでしょう。しかし、その一番充実していた時に彼は何もないミデアンの荒野に逃亡し、1、2年ではなく、彼はそれから40年、つまりその年80歳になるまでミデアンの荒野で羊飼いとしての生活をしたのです。そうです、人間的に言えば人生の最も働き盛りという時間を彼は何もない荒野で過ごしたのです。
物を失うなら、再びそれを獲得することができるかもしれません。しかし、時間だけはそうはいかない。その時、その年齢でしかできないことが私達にはあるでしょう。その時を逃したら、もう体や気力がついていかないというようなことがあるでしょう、過去を振り返り、あの時、ああしておけばよかったということは私達にとってとても残念なことです。
モーセのミデアンでの毎日は朝、まだ暗いうちに起きて、羊を連れ出して、わずかに生える緑の草を探し彼らを養う。毎日毎日、何の変化もない岩山を眺め、毎日同じように真っ赤な太陽が大地に沈んでいく。そんな日々が40年続く。それと同時に灼熱の太陽で焼けた自分の体にはシワが増え、あご髭にも白いものが混じってくる。意気盛んにエジプト人の胸ぐらを掴んだ日も遠い昔のように思えてくる。それが彼のミデアンでの日々でした。
かつては大きな志もあったに違いありません。簡単なことではないでしょうが、それが可能になり得るポジションに彼はいましたし、それを裏付ける経験と知識も得ていました。エジプトの王宮にいた時には彼にひざまづく人達がいました。しかし今、彼の前にひざまづいているのは羊の群れです。かつて心を熱くした思いは全て、みな遠い昔のことになってしまい、もう自分の人生はこのまま人知れずに、この荒野で終わるのだろうと思ったに違いありません。
私たちもそう思うことがあります。一体、この自分が今おかれている状況は何なのか。この状況の中で自分は埋もれてしまうのか。この毎日が自分の人生にとって何かしらの益となるのだろうか。
皆さん、ここまでお話してきましたことは、私たちがその頭の中で考えることです。私達は勝手に自分の頭の中で、そんなことを考えて一喜一憂しています。しかし、私たちはこれから神様の視点でこのモーセのミデアンの荒野での日々をもう一度、見直したいのです。そうしますと、私たちには到底、思いも浮かばないことが、このモーセの40年にあることを見出すのです。
先にも触れましたモーセが苦しむ仲間を救うためにエジプト人を打ったということが12、13節に書かれています。そして、このところにおいて私たちは彼の同胞愛を知るのです。確かに彼は、その心に熱い思いを持っていたと!。これは高く評価すべきことです。なぜなら情熱がないところには、何も生まれない、何も起こりませんから。しかし、その彼の内から沸きあがる情熱に対して、向けられていた神様からの視線がありました。こういうことです。
この時のことをステパノは使徒行伝7章23節―25節にこう記しています「40歳になった時、モーセは自分の兄弟であるイスラエル人たちのために尽くすことを思い立った。ところがその一人がいじめられているのを見て、これをかばい、 虐待されているその人のために、相手のエジプト人を撃って仕返しをした。彼は自分の手によって神が兄弟たちを救って下さることを、みんなが悟るものと思っていたが、実際はそれを悟らなかったのである」
このところには「彼は自分の手によって神が兄弟たちを救って下さることを、みんなが悟るものと思っていたが、実際はそれを悟らなかったのである」と書かれています。ここには二つの思い込みがあります。まず第一にモーセは「自分の手によって」同胞の民を救うことができると思っていたということ、また同胞の仲間達が自分が彼らを救ってくれるということを「悟るものと思っていた」ということです。そして、先にも触れましたように彼が威勢よくしたことに対して、その結果が彼の思うようにならなかったということが分かると彼にはすぐに「恐れ」の思いがわいてきたのです。
この記述には「神が」という言葉が確かに含まれていますが、どうもそこには彼自身が自力によって民を救うのだという自負心、またそのことを民達も承知しているというような自惚れというものを見てとることができます。そして、実際に彼の思惑とは異なり、彼は仲間が打たれているのを見てエジプト人を殺し、それに対して同胞の仲間からのサポートも何もなく、彼はエジプトから命からがら逃亡していくのです。
逃亡先のミデアンの荒野で、はじめの内は再起の機会をうかがっていたモーセであったでしょう。しかし、その機会は待てども暮らせどもやってきません。来る日も来る日も単調な毎日。まさしく彼の人生は、このまま忘却の中に永遠に葬り去られるかのように思われました。
しかし、この時こそが神様がモーセに与えた、エジプトにいた時にも勝る準備の時だったのです。二週間前に私達は伝道の書7章14節から「順境の日には楽しめ。逆境の日には考えよ」というみ言葉をお話しました。彼は40年、何もない土地、言い方を変えますならば、神の偉大なる創造物だけに囲まれた土地で、神について、自分について、人について考えたに違いありません。ある人が言いましたように「この世の教育は人を賢くします。しかし、神の教育は人をむなしくします」という言葉に照らし合わせるなら、彼は荒野において本当の意味で神様直々の教育を受けたのです。
モーセは自分の内にもはや何の信頼をもつことができなくなりました。神様はむなしくない器を用いることはおできになりません。一見、無意味、無駄に思えるその時に、神様は日ごとにモーセを神の僕として造り上げていたのです。モーセ自身すらそんなことに気がつく術もありません。しかし、彼が全く整えられて再び立ち上がる日は刻一刻と近づいていました。
創世記46章34節を見てみますと「羊を飼う者はすべて、エジプト人に忌み嫌われる」と書かれています。「エジプトのあらゆる学問」を究めたモーセは、そのかつて自分が王子として住んでいたエジプト人の忌み嫌うことに40年を注ぐことになりました。弱い羊の群れを養い導くためには、果てしない忍耐を要します。気が短く性急なモーセはまず長い年月を通して、羊の気持ちを知り、彼らと共に歩むことを学ばなければなりませんでした。
そして、このことこそがこの後、彼がイスラエルの民を40年、荒野で導くために絶対不可欠なこととなりました。詩篇77章20節は言っています「あなたは、その民をモーセとアロンの手によって羊の群れのように導かれた」。また、民数記12章3節でモーセは「全ての人に勝って柔和であった」と書かれています。
かつてのモーセは自分が手を叩けば僕がやってきて足は洗ってくれる、食事は運ばれる、着物は用意されるというような生活をしていたのでしょう。そのような何の忍耐もいらない生活、苦労のない生活をしていた彼は一転、来る日も来る日も自分の思う通りにはならない羊達と時間を過ごしたのです。後に一筋縄ではいかない頑ななイスラエルの民達を導くこと、そのために絶対不可欠な忍耐と柔和さを彼は徹底的にその時に体に刻みこんだのです。
それだけではありません。荒野で額に汗して働くということ、それはエジプトの宮殿では逆立ちしてもできない経験でした。羊の毛を刈ること、毛皮をはいで天幕や上着を作ること、肉を塩づけして貯蔵すること、乳をしぼり乳製品とすること、泉の見つけ方、他の遊牧民との交渉のし方、また荒野の地理、天候、風土、言葉と習慣。しかし、これらの経験こそが彼の後の40年、すなわち彼がエジプトに囚われている同胞の仲間達を解放して荒野で40年を過ごすために必要な経験であり、知識だったのです。まさしくその後のことを考えるのなら、これは選択科目ではなく、必修科目だったのです。
そして、物音しない荒野の静寂の中で一人、神に向き合う日々。そのような質素な生活をして、あの大胆にして自信満々、傲慢であったモーセの性格は練られ、削られ、彼は今や落ち着いた円熟した「神の人」と変えられたのです。
かつてのモーセの知力、体力はピークを迎えていました。頭の中において「これなら行けるだろう」という計算もありました。しかし、彼には足りないものが一つありました。それは自分のあれこれに頼るのではなくて、神に全幅の信頼を置く「神の人」となるということでした。自分の力だけに頼る彼は「人」であり、「神の人」ではなかったのです。そのような人を神様はお用いになることができなかったのです。
私達の多くはクリスチャンとして信仰をもっています。そして、その信仰生活の中で色々なことが起こります。長い人生、その中にはなぜ信仰をもっているのに、「財産を失うのか」とか「病気になる」とか「事故や災いに遭う」ことがあり、そんな時に本当に神はいるのかと、自分の信仰に疑問を持つこともあります。
しかし、今日、胸に刻んでお帰りください。神様は私達を「豊かになるために」「健康になるために」「事故や災いに遭わないために」信仰者とされたのではありません。確かに神様はそれらをどうでもいいこととはしていませんが、明らかにそれらは神様が私達に願っている第一のことではないようです。そうではなくて、神様は私達に本当に「神の人」となってほしいのです。ですから私達が神の人と形造られるためには、モーセのようなミデアンの荒野のようなところを通らされることもあるのです。そのような所を通らされた後に神様は次の新たなる道を私達に示されるのです。
さて、モーセにもいよいよその時が来ました。四十年の年月を経て、彼がいよいよエジプトに囚われている同胞の民を救い出す時が来たのです。そしてそれに先立って神様はモーセにある体験をさせます(出エジプト記3章1節‐6節)。
1モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて、神の山ホレブにきた。2ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。彼が見ると、しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった。3モーセは言った、「行ってこの大きな見ものを見、なぜしばが燃えてしまわないかを知ろう」。4主は彼がきて見定めようとするのを見、神はしばの中から彼を呼んで、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼は「ここにいます」と言った。5神は言われた、「ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」。6また言われた、「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した。
神様はモーセを荒野の奥に導いて、そこで靴を脱げと言われたのです。そこは神の居る聖なる場所だからです。荒野の砂の中にはサソリや蛇を始め、様々な生き物がいたでしょうし、そのゴツゴツとした岩場を裸足で歩くことはできなかったことでしょう。ですから、荒野において靴を脱ぐという事は、そこからは一歩も動けなくなるという事です。このことは自分が40年荒野で経験したことや獲得した知恵があったとしても、それらも“古びたサンダル”にかかっているということです。それほどまでに自分には何の力もないということです。神様はそのことをもう一度、モーセに確認させたのです。自分ではなく私に全幅の信頼を寄せなさいというのです。このことは今日、お話しましたモーセの荒野での40年をなんと象徴している出来事でしょうか。そのことをしっかりと確認してから神様はいよいよモーセに語りかけるのです。
9いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。10さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」。 (出エジプト記3章9節‐10節)
モーセはこの言葉を受けて、彼はミデアンの荒野から再びエジプトに上り、同胞のヘブル人を救うのです。誰も気がつかなかったでしょう。モーセ本人ですら気がつくことはなかったことでしょう。しかし、これが神のモーセに対する計画でした。神の計画はあまりにも高くて壮大で私たちには掴みきれません。彼がミデアンの荒野で培ったことは、後の彼が何百万ものイスラエルの民をエジプトから導き、これまた40年の間、荒野を旅するために必要な学びとなりました。もし、彼がエジプトで机上の学びだけで終始するならば、彼はイスラエルの民を荒野へと導くことは出来なかったことでしょう。モーセは知らぬうちに自分の幕を、綱を広げることの準備が整っていたということに気がついたのです。そう考えます時に私達がこの地上で経験する事柄は、たとえそれが私達にとっては無意味にしか思えないことも、神様の視点で見るならば、それがとても大切なこと、いや、モーセの場合を鑑みていいますならば、そのようなことが最重要なことになっているということを私達は知るのです。預言者イザヤにはこう記されています。
「わが思いはあなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道はあなたがたの道よりも高く、わが思いはあなたがたの思いよりも高い」。イザヤ55章8節、9節
私達の思いは確かに近視眼的なものです。私達の思いや私達が歩いている道は、神様のそれとは異なるというのです。そのことを明らかにしているのが今日、お話したモーセの生涯なのです。そして、このモーセの生涯は現代を生きる私たちにも語りかけてくるのです。私たちが置かれている状況を見つめ、導いておられるお方がいる。私達にとって挫折や失敗と思われるものにも後になり、輝きを与えてくださるお方、私達がこれでいっかんの終わりだと思っていることからさらなる道を開いてくださるお方。それが私達の神様なのです。今、こうしている間にも、神様は私達の綱、網を広げるべく働いていてくださるのです。お祈りしましょう。
本日のおもちかえり 2010年11月28日
出エジプト記2章11節―25節を読みましょう。モーセはエジプト王宮にて帝王学とも言われるようなものを受けました。しかし義勇心が原因でその年40歳でミデアンの荒野に逃亡することになり、その土地で40年間を過ごすことになります。あなたがモーセなら自分の人生をどのように思いますか。
使徒行伝7章23節―25節を読んでみましょう。この言葉の中からモーセのどのような思いが伝わってきますか。
伝道の書7章14節には「順境の日には楽しめ。逆境の日には考えよ」とありますが、モーセは何も変化のない荒野で何を考えて過ごしていたと思いますか。
モーセの荒野での日々の仕事は後に彼にとって不可欠な経験となっていました。どういうことでしょうか。
創世記46章34節、詩篇77章20節、そしては民数記12章3節はどのような関わりを互いに持っていますか。
いよいよモーセは荒野での40年の後に、神様からエジプトに囚われている同胞のイスラエル人を救い出すようにとモーセに語りかけます。しかし、その前に出エジプト記3章1節‐6節に記されているような出来事がありました(読みましょう)。この出来事はそれまでの荒野での40年を象徴するようなことです。この出来事は何を意味しているのでしょうか。
イザヤ55章8節、9節を読みましょう。私達の思いを超えて神様は私達の綱や幕を広げるべく準備をしていてくださるお方です。あなたはモーセと同じように思いがけない、不本意な経験が実は自分の拡張ために不可欠なものであったというような経験をしたことがありますか。