礼拝ライブの録画を見ました。赤面です。苦痛です。自分はこんなに落ち着きなく、右に左に動いているのか。こんなに早口で、こんなに強面なのか(笑)。「お前、今まで知らなかったのか!」と問われれば、「いや、いや、分かっていたつもりなのですが、思った以上でした」と答える以外ありません(苦笑)。ほんとに自分は自分のことすら何も分かっちゃいないということを思い知らされました。
で、こういう放映を続けるということは、自分というものが素っ裸にされて世界にさらされているようでなんとも辛いのですが、私の親分は実際にそのような姿で、私のためにカルバリの十字架において人々の目にさらされてくださったわけで、それを思うのなら「恥はわがもの、栄光は主のもの」と、地球上のどこかで誰かが聖書の一節だけでもいいから、その言葉に反応してくれたらということを願ってコツコツと続けていきます。
しかし、信じたことのない者を、どうして呼び求めることがあろうか。聞いたことのない者を、どうして信じることがあろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか。 聖書:ローマ10章14章。
マック
いつも日曜日の礼拝に出席出来なくて残念に思っていたのですが、この放映のおかげで礼拝にVirtual出席(?)することが出来ました。有難うございます。是非これからもがんばって続けてください。
わたしの父は、メッセージの後いつも録画されたテープ見ていました。きっと自分を客観的に見るというのは、外見だけでなく、メッセージそのものも知ることになって、メッセンジャーを育てるんだろうなーと思います。先生のメッセージにいつも笑いと驚きと励ましを与えられてます。ますます良い器となられますように。
直美さん
このブログを見ていてくださったのですね。知りませんでした。ご自宅で共に礼拝を捧げることができますこと、嬉しいです。
kobaken先生
K先生のお姿が目に浮かびました。そうですね、少しでも主のために成長することができるように、日々、研鑽します。