私達の仕事、労働に関して言えば、これから私達が直面することはAI (Artificial Intelligence)という人工知能を有するコンピューターがますます導入されます。そしてこのAIにより、今私達が従事している仕事の多くは10年後にはなくなると言われています。
英オックスフォード大学で人工知能の研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授によると、今後10年から20年程度で、米国の総雇用者の約47パーセントの仕事がコンピューターによって自動化されると言われています。あのビル・ゲイツは言いました。「創造性を必要としない仕事はすべてテクノロジーによって代行される」。
最近はチェックを自分のアカウントに入金するために銀行にわざわざ行く必要がなくなりました。全てスマホでできるのです。そんなことでしばらく銀行に行っていなくて、先日、行ってみましたらブースの半分が取り除かれそこには二つの大きなATMが置かれていました(スーパーもそうでしょう)。
そのマシンによって、これまでテイラーがしていてくれたことが出来てしまうのです。キャッシュは全て機械の中なのですから、このことにより銀行強盗の防犯になるでしょうし、機械は文句は言いませんので雇用主にはメリットは多いことでしょう。しかし、親しくしていたテイラーはまだ雇用されているのだろうかと心配になりました・・・。
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「これから10年に不可欠なこと」
日英合同新年礼拝
2019年1月6日
新しい年を迎えました。この新しい一年、皆さんは何か決意をしましたでしょうか。既にジムに年間費を支払われた方、お金が無駄にならないようにがんばってください。ダイエットを始めた方、「ダイエットは明日からです」と言い続けて、一年が終わることがないように、健闘を祈っています。
私達が既に踏み出している2019年には何が起こるのでしょうか。まだ誰も知りません。そのような意味では私達の毎日はまさしく前人未踏の森の中に分け入っていく冒険と言ってもいいでしょう。そして、その森の中では色々なことが起こります。
今日は新しい一年のみならず、これから向こう10年、時に私達が向き合うことになるであろう、一つの事にしばし、目を向けたいと思います。そして、それらを乗り越えていくために不可欠なことをお話しします。それは私達の「存在の意味」ということです。
1)存在の意味
私達の一日は誰しもが24時間です。多くの人達は大まかに言って、その内の八時間を労働時間としています。それは一日の三分の一です。それはそれなりの時間です。私は子供に言います。もし、君が自分の好きなことを仕事にすることができたら、君はかなり幸せな人だ。
「あと何時間働かなければならないのか」と一日に何回も時計を見ながら毎日を送るよりも、「ああ、もうこんな時間か」と後ろ髪を引かれるようにして、帰宅するような職場に巡り合えたらなんと幸いか。
この仕事、労働について、これから私達が直面することはAI (Artificial Intelligence)という人工知能を有するコンピューターが私達の生活の中にますます入ってくるということです。そして、このAIにより、今私達が従事している仕事の多くは10年後にはなくなると言われています。
英オックスフォード大学で人工知能の研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授によると、今後10年から20年程度で、米国の総雇用者の約47パーセントの仕事がコンピューターによって自動化されると言われています。あのビル・ゲイツは言いました。「創造性を必要としない仕事はすべてテクノロジーによって代行される」。
最近はチェックを自分のアカウントに入金するために銀行にわざわざ行く必要がなくなりました。全てスマホでできるのです。そんなことでしばらく銀行に行っていなくて、先日、行ってみましたらブースの半分が取り除かれそこには二つの大きなATMが置かれていました(スーパーもそうでしょう)。
そのマシンによって、これまでテイラーがしていてくれたことが出来ててしまうのです。キャッシュは全て機械の中なのですから、このことにより銀行強盗の防犯になるでしょうし、機械は文句は言いませんので雇用主にはメリットは多いことでしょう。しかし、親しくしていたテイラーはまだ雇用されているのだろうかと心配になりました。
タフな時代です。ユダヤ人の学者がこのようなことを背景にした私達の未来について言っていました。これまでは「人間の労働力の価値が失われる」と言われ続けてきたけど、これからは「人間存在の価値が失われる時代」となるであろうと。
さらにはこの「自分の存在の価値を見失う」ということは、必ずしも経済の動向とか仕事に関わることだけではなくて、例えば愛する者との離別、子育てが終わった時、年老いていく時、病気になった時にも私達の心に起こってきてもおかしくないのです。
これらのことは他人事ではなくて、このことは私達が既にその片足を突っ込んでいる世界であり、私達の子供や孫が真正面から直面する世界の現実なのです。「存在の意味」が見いだせないというのは、すなわち「生きることの意味」が見いだせなくなるということなのです。
そこでこの新しい年、考えてみたいのです。それは私達は今から私達の存在の意味について、それなりに自分の考えというものを予めしっかりと持っていなければならない、備えていなければならないということを。さもなくば「私達の存在の意味」が問われた時に、私達はしかるべき答えを見出せずに、打ちのめされてしまうかもしれません。
私達がこの「存在の意味」にあれやこれやと取り組む時に、私達は最終的にある所に行きつきます。ご存知でしょうか。それは「私達の命の始まり」ということです。すなわち、我々の命の始まりはそもそも望まれたものであったのかということです。
そして、この場合、その始まりは私達の父母のことではなくて、その父と母に私達の命を授けたお方の存在です。なぜなら、父母は自分の子を選んではいないし、子も自分の親を選んで生まれてきたのではないからです。そうです、全ての人の命にはその命を選んだ存在があり、それを聖書は神と呼ぶのです。
イエス・キリストこのことを力強く語りました。『あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである』(ヨハネ15章16節)。
「選ぶ」という言葉には「力強い意志」がそこにはあります。神は私があなたを選んだというのです。私達が偶然の産物なら、今日も明日も偶然であり、そこに意味はありません。しかし、私達が選ばれたということは、私達を選んで下さったお方の意図があり、そこには意味があるのです。
聖書にはあの有名な言葉があります。預言者イザヤは神の言葉としてこの言葉を書き残しました。『わたしの目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)。
会社や社会において、もっといいますと家庭においても、私達は役に立っている間はその存在の価値が認められます。しかし、それらが失われたら価値がないと言われかねないのです。その中でこの言葉はあなたは私の目には高価で尊いと語りかけます。その正反対の言葉ばかりが聞こえてくるこの世にあって、私達は毎日、シャワーを浴びるようにこの言葉を全身に浴び続けなければなりません。
私達は生きていかなければなりません。そして、その時に私達をこれ以上は落とし込めることがないという、その下支えとなってくれる言葉が「わたしがあなたを選んだ。わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」という言葉なのです。
アメリカに住んで述べ25年。この国がとてつもない消費社会だなと思います。サンクスギビングは既に神様が私達に与えてくださっているものに感謝をする日なのに、これが足りない、あれは古い、これは小さい、あれは遅いと、私達の現在の現状がどんなに足りていないかということが宣伝され、私達はその不足を埋め合わせるべ奔走します。
神様からの最大のギフトであるイエス様の誕生を喜ぶクリスマスにそのギフトに物足らず、私達はまたもや奔走します。あたかも私達が求める物質が私達の存在を認めてくれるかのように。それらが私達を慰め、家族に笑顔を与え、俺たちは幸せになれると思っているかのようです。しかし、実際のところ、どうなのでしょうか?
私達は今から本当に豊かな生き方とは何なのかということを求め、知っておくことが大切です。本当の幸いとは何なのかということを考えるのです。マタイによる福音書には八つの幸いが書かれています(マタイ5章3節ー4節)。
こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。
これはイエス様が語られた山上の垂訓の中にある八つの幸いの内の二つです。この言葉の意味を今、パッとここで説明できる方いますか?「心の貧しい人達、悲しんでいる人達はさいわいだ」というようなことは世の常識を超えているのです。ですから、この言葉をすぐに悟ることなどはできません。
日々、私達が向き合わなければならないことは、インターネットやテレビから飛び込んでくる言葉で対処することはできないことばかりです。なぜなら私達が生きるために本当に必要なものは、この世で語られている言葉の中にあるのではなくて、それは天来のメッセージの中にあるからです。
ソロモンというイスラエルの三代目の王がいます。全ての知恵と財産を与えられた人です。彼がもし、今生きていたら、彼はちまちまとショッピングなどはしません。彼なら「ええい、面倒だ、モールごと買ってしまえ!」というような人でした。彼が得た財はけた違いで、今日でも私達は彼の財を「ソロモンの財宝」と呼ぶほどです。
また彼が与えられた知恵も絶大で、彼の賢さに追随するものはいませんでした。このような前代未聞の彼の富と知恵を見るべく、諸外国の王たちが彼のもとを訪ねてきたと聖書は記しています。
その彼が私達現代人に「立ち止まってよく考えよ」とでも言うべく、「伝道の書」という書を書き残しました。その書の中で彼が繰り返し書いていることは「空の空、一切は空である」ということでした。
彼は人が目指す山頂に立ち、その山頂から見える風景をその伝道の書に書いたのです。その山頂にいたっていない者達はそこを目指して、ある者はそこにこそ幸いがあると信じ、時にそのために愛する者達をも犠牲にしてまで、その頂を目指します。しかし、その山頂に立ったソロモンは言うのです、「全ては空しい」と。
彼のようにその山頂を目指し、そこに到達し、喜びも束の間、周りを見回したら自分以外、誰もいないということはよく聞く話。そこに至るために犠牲を強いられた家族はバラバラ。大邸宅と立派なダイニングテーブルがあるのに、そこに共に座る人がいない、信頼できる人がいない、ありのままの自分を受け入れてくれる人はいないというようなことは誰にでも起こりうることなのです。
それではソロモンさん、どうすればいいのですか。あなたは山頂に立った人だ。そこであなたが得た結論は何なのだ?彼は「伝道の書」の一番、最後に彼の歩んだ人生の結論をこう言うのです。
『あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、わたしにはなんの楽しみもないと言うようにならない前に・・・』 (伝道の書12章1節)。
そうです、ソロモンが自分の人生を用いて得た結論は、この世の富、名声、知恵は私を満たすことはなかったことでだったのです。
彼が山頂に立った時、彼の心には空しさがありました。「空しさ」とはすなわち「自分は何のために生きているのか」、「自分のしてきたことに意味があるのか」という問いに答えられない時に私達がもつ思いです。ですから、彼はあえてここで「私達の造り主」について言及しているのです。
ソロモンが伝道の書で私達に語りかけていることは、世の富と知恵を得たとしても、その存在の意味と目的に悩む人間の姿であり、その彼が「私達の造り主」というところに私達の存在の意味と目的が全てがあると言うのです。
そうです、すなわち私達を選び、私達を尊いと言っていてくださる神を知るということです。始めにあなたの造り主を覚えること、あなたの存在の意味と目的を知る事、そこに人間の存在の価値が問われる、これからの時代に私達が生きる道があるのです。
人生は一度、既にその人生を完走し、頂に立ったソロモンの言葉に私達は耳を傾けるべきです。一生をかけて、たとえその頂きに立ったとしても、その時にソロモンと同じ心境にならないためです。
主にある皆さん、新しい一年、この神様と四つに取り組みませんか。何事も一年、集中して取り組めば、そこからかけがえのない収穫を得ることができる確信します。ましてや、私達が取り組もうとしていることは天来の神の言葉です。それこそが私達が何をするにしても、その土台となることです。
「人の存在の価値が失われる」。それはタフな時代の幕開けです。ですから「こころの貧しい人たちは、さいわいである、悲しんでいる人たちは、さいわいである」と言われたイエス・キリストの言葉にこの一年、共に近づきましょう。
生きるということの深い意味に共に触れてみませんか。その深さを私達に語りかけることができるのは、ユーチューバーでも、ベストセラーの本でもないのです。それができるのは、私達の命にかかわった神なのです。個人的に、私もこの言葉を日ごとに、切に必要とする者です。この一年、共にこの天来の言葉の前に出ていきませんか。教会はこの言葉を皆さんに提供し続ける場所なのです。
お祈りしましょう。
本日のおもちかえり
2019年1月6日
1)新年を迎えました。あなたはこれからの世界はどうなっていくと思いますか。あなたの新年の目標は何ですか?
2)人の存在の価値が失われる世界で人はどうなっていくと思いますか?
3)あなたは自分の存在の理由を考えたことがありますか?その答えを見出しましたか?この答えを見出せないと、私達はどうなりますか?
4)『あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである』(ヨハネ 15章16節)とイエス・キリストは言われました。「選ぶ」という言葉には選んだ方の強い意志があります。あなたに語られているこの言葉はあなたにどんな思いを与えますか?
5)今日、一般的に私達は何を基準に評価されますか?あなたの存在を評価してくれる人がいますか?
6)神様は『わたしの目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)とあなたに語りかけています。この言葉を毎日、シャワーを浴びるように受けることはなぜ大切なのでしょうか?
7)桁違い「富」と「知恵」を与えられていたソロモンはその道において、山頂に立ったと言えます。彼がその山頂で見たものは何でしたか?
8)ソロモンは自らの人生の結論として『あなたの若い日にあなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、わたしにはなんの楽しみもないと言うようにならない前に・・・』 (伝道の書12章1節)と言っています。このソロモンの人生から私達が得ることが出来る教訓は何ですか。新しい一年、共に神様の愛と恵の深みに漕ぎ出だしましょう!