NO

今朝、未明に再び浮上しました(笑)。

アメリカに牧師としてわたり12年が経とうとしています。当初から今まで感じていることは、アメリカ人牧師の間から常に「リーダーシップ」という言葉を聞くということです。正直、私が日本にいた時、仲間の間でほとんど聞いたことのない言葉でした。

この度の日本国の首相の心境を思う時に、私たちにはうかがい知れない複雑な状況になっていることと思います。米国と日本との関係にもギャップが生まれているといわれています。なぜ、この食い違いが起きているのか。おそらく米国人にとって「リーダーの大切な仕事の一つはNOという意志を表明することだ」という考えが当たり前のように根底にあるからだと思われます。

首相が誰に向かってNOと言われるかは分かりませんが、それが長引けば長引くほど、どちらの傷口も深くなることでしょう。

比べものにならない小さな規模で教会に仕えている身ですが、確かにNOと言う機会が多いことを日々、実感しています。しかるべき時にNOと言わなければ、結局、後になって多くの人達を苦しめてしまうということ、そんな痛い失敗が私にはたくさんあります。日々、学んでいます。

Ppp

首相の重責を思い、祈っています。

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NO」への3件のフィードバック

  1. ご慧眼です。
    こちらの神学校では必ず一クラスは「リーダーシップ」についてあるんですけどね。
    日米のリーダー観も面白いですね。
    アメリカのリーダーと言うのは集団をA点からB点へ動かすことの出来る人。日本のリーダーは「親分」として子分が甘えることの出来る相手と考えることも出来るなと最近思うのですが、どんなものでしょうね。

  2. Pastor Yoshi
    主にあって健闘をお祈りしています。主にあって健闘をお祈りください。
    かまたやすゆきさん
    「集団をA点からB点へ動かすことの出来る人」という定義、なるほどと深い納得と共に教えられました。

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