昨日、米国に帰りました。
大分にて義理の父母に包まれ、支えられて母との一時をもつことができました。母は身体と話すことに困難を覚えていましたが、時おり笑みを浮かべている姿を見ることができて大きな喜びでした。一生懸命にリハビリに励んでいるその姿に、私自身も精一杯がんばろうという気持ちにさせられました。
もうこれでお別れという最後の時。
聞きづらい言葉でしたが・・・
「お母さん、また会おうね」
「もう、会わないよ」
「なんでよ?」
「あなたのために・・・」
親は自分がどんな状況にいる時も子供のことを第一に考えているのです。
お名前を存じ上げない方々にもこの度の訪日のために祈っていただいていたと思います。本当にありがとうございました。
マック
追伸:帰りの宮崎空港。「バーコードを受信機にかざして下さい」(搭乗券に印刷されている)と言われているのに何を言われているのか分からず「バッグを受信機にかざしてください」と言われていると思い、重たいバッグをエンヤッと持ち上げ受信機にかざして係員に制止されました。過密な旅でしたが神様は自身を笑うことができる一時も与えて下さいました。
もうアメリカ着いたんだ!声が聞けて良かったよ!こんど2Dのクラス会を青木が企画するらしいから、その時は是非参加しなさい!
お母さん、体は不自由そうだけど、頭は元気そうで良かった。頭が元気ならOK、お母さんはお母さんの人生を息子に頼る事なく頑張るだろう!うちの親父は頭もヤバかったからね・・・
俺も今年は、芝生の普及を頑張るぞ!大倉も頑張れ!
ゴッド ブレス ユー&ユアーファミリー
お疲れ様でした。お母様は、超忙しいスケジュールの中、その昔電車やバスを3度も乗り継いで病床の父を見舞ってくださり未だ救いに与っていない父の為お祈りしてくださいました。その父の顔は平安で目頭が潤んでいるのを私は見逃しませんでした。お母様にお会いできた恵みを感謝します。千
お帰りなさい!今、家内と二人これを読ませていただいて、こみ上げてくるものがありました。子を思う君江先生の思い、それを受け止めるパスターマックの思い、私達もかげながら引き続き祈ります。バーコード、私も隣にいたら一緒にバックをもちあげて止められたでしょう。
さんぼ
そうか、青木が動き出したか。行けたらいいけどなー。しかし、さんぼよ、あの日から20年も経っているんだね。早いねー。芝生の普及、がんばれよ!子供は思いきり、転ばないとね!
せんさん
やっとせんさんがどなたか分りました(にぶい、私をお許しください)。母がせんさんのお父様の生涯に少しでも関わらせていただけたことを神様に感謝します。また、お会いしたいですね。
Z師
いつもお祈りをありがとう!日本では色々なことに不慣れとなっている自分を発見しました。訪日のさいには、お気をつけて。