昨日、午後、仲間達とダウンタウンにある教会のホームレス支援プログラムに参加してきた。少し早めに教会に着いたのだが、既に教会の周りにはショッピングカートに全財産を積んでいる人達の姿が・・・(最終的には300名以上の人達が集まったようだ)。
その教会には広い中庭があり、四方はレンガ作りの建物が取り囲んでおり、ただ一つの門から中に入ることができるようになっている。私達の最初の役目はその門をくぐりぬけて入ってくる方々にチョコレートを配るというもので、子供達がその通路の両脇に陣取った。私達は背後でそれを見守る。
いよいよ、門が開かれた。ぞくぞくと外のストリートで待っていた人達が入場してくる。こう言うのは申し訳ないが、モールやカフェで私達が見かけることがない人達だ。そんなひとりひとりに子供達がせっせとチョコを渡す。しわで刻まれ、日焼けした大人達の顔が一瞬、ほころんでいく。
私はその光景を見ていて、天国の門というのは、こういうものではないかと思わされた。昨日もバイブルスタディーでお話したのだが、聖書に記されているイエス・キリストの言葉には「持っている者が悲しみ」、「何もない者が祝福を受ける」というような大逆転で満ちているのだ。天国の門にこの地上で賞賛されていた人の姿はあまりなく、この地上では誰にも知られずに生きた人達であふれているのではなかろうか。
入ってくる一人一人の表情を見ながら、2000年の歴史を飛び越えて、自分はエルサレムの城壁のある建物の中にいるのではなかろうかという錯覚を覚えた。時折、チョコレートを「もっとくれ」と群がってくる人達と向き合いながら、私達の傍らにはキリストの弟子たちがいて、それをたしなめているような、そして、そんな私達を見守っているイエスが微笑みながら、どこかで私達を見つめているような・・・・。
「心の貧しい人達は、さいわいである。天国は彼らのものである」 マタイ5章3節
マック
追伸:昨日のメッセージと少しかさなるので、よかったら読んでみてください。

先生、 本当に昨日は お疲れ様でした、 確かに あの門から 入ってくる人々の顔がチョコレートを貰ったとたん ほころびるのを見るといつも 我人生で 何回 こんなに人を 喜ばせたことがあるのかな?と感じます。そしてみんなでワイワイやると 楽しいですね、 また 教会仲間(ギャング)で 手伝いましょう。そして パドレスも忘れてはいけません。
パスターに先立って「おくりびと」を観た俺としては、本日の世俗牧師宣言を読むと、さらに「おめー、ハンカチ一枚や二枚じゃ済まねえぞ」ってな気分だわさ。
こんにちわ。
といっても今は日本時間で夜中の2時。。。お気に入りに入れて読ませてもらっています。
確かに私がサンディエゴ、サンタモニカで出会ったホームレス達も、テキサスのエルパソの収容所で共に聖書を読み合い、祈った人達も、天使のような顔をしていました。
本来であったら、絶望に打ちひしがれたような苦悶の顔であるのでしょうが、どういうわけか彼らは元気で明るいのです。。。
主イエスは彼ら、否、私たちホームレスや囚われの身である者の中に生きておられました。
主イエスは生きている神です。
よく見るとそこら中にいらっしゃるのではないでしょうか。
不平不満をばかり言っている私たちをじっと微笑みながら見てくださっているのだと思います。私たちの国籍(実家)は天国にあるのですね。
私たちはこの地上にあつて皆、ホームレスであり囚人のようですが、どこにいても、何をしていても、主に感謝し喜びに溢れていたいと思います。アーメン。。。
Yazさん
本当に有意義な時でした。色々な意味で幅が広がったように思います。素晴らしい機会を与えてくださったYazさんに感謝します。
たしん
「おくりびと」については、これまた色々な話ができそうだな。今月27日未明、太平洋上で観ることができるのを楽しみにしているよ。
Daisakuさん
コメントをありがとうございます。な、なんとエルパソまで行っていたのですね。貴重な経験をされたのではないかと思います。いつかお話をうかがいたいです。それと何度も言いますが、Daisakuさんの歌も!