来週、桟橋に釣りに行くので、道具を整理した。
今回は子供もけっこう行くので、からまった糸をほぐす役目に徹することになるだろう。でも、もし、そんな子供の一人が生まれて初めて、あのブルッブルッという感触を感じるようなことがあったら、それはそれは、その子の人生にとってとても大切な瞬間に立ち会うことになるので、こちらも身がひきしまる(って、そんな大げさなことではないか)。
私が生まれてはじめて釣りをしたのは、今から33年も前になる。当時、町の小さな釣具屋に行って、生まれて初めて竹の棒、そう本当に竹の棒と糸とウキと針とオモリを買った時のことを鮮明に覚えている。そういえば、オモリは丸めてある鉛のようなもので、それをちょうどいい重さにちぎって使った(懐かしいー)。そうそう、生きているミミズを新聞紙に包んだものも買ったけ(ミミズを買ったのは、後にも先にもその時だけで、その後は牛の肥溜めから自分で捕まえてたけど)。
その時は利根川のすぐ側に住んでいて、その支流の小さな川でコブナやクチボソから伝わる小さなウキの動きに全身全霊を傾けていたなー。あの時、川面に尾をくっつけて産卵していた赤とんぼや、浅瀬で真っ黒にうごめいていたオタマジャクシを今でも覚えているんだよね。生命が濃かったなー、あの時代。
マック
追伸:釣りはつれなくても楽しいものです。あのヘミングウェイが世界中の太公望達の思いを代弁しているじゃーありませんか。-釣れないときは魚が考える時間を与えてくれたと思えばいい-。いいこと言うね~。ロマンだねぇ~。