3月8日の礼拝メッセージは「楽しむ」ということについて話す予定です。そして、その関連の中で「遊ぶ」ということについて、先週から沈思黙考しています。
覚えている限り、私の人生、礼拝メッセージで「遊ぶこと」について聞いたことがありません。しかし、このことをよくよく考え調べていくと、これが深いのなんの!
なんでこんな超重要事項について、これまで私は口を開いてこなかったのかと悔いるばかりです。どうかしっかり準備ができますようにお祈りください。
ちなみに来る3月1日は「急募:挫折したことのある人」というメッセージをお話します。時代は人材削減一色ですが、神の国の掲示板には常にこの募集がなされています。ふるってご出席くださいませませ。
Sol Deo Gloria!
マック
追伸:「人間だけが笑う動物である」 アリストテレス


おぉ〜、楽しみにしています。
その昔、あまりにも僕が仕事と勉強ばかりしているのを見かねた友人に”What are you doing for fun?”(最近、遊んでる?)と訊かれて”Fun? Is that a theological category? :)”(遊ぶ?それは神学的にどんな意味があるんだい?)と冗談めかして言い返したような人間なので、Mac先生がこのことをどうメッセージされるか期待しています。
修養会の企画をする時も、「疲れている人、多いよね」という話によくなるので、「遊び」や「休息」の神学的意義を理解することは特に日本人クリスチャンにとっては大事なことではないかなと思っています。
あと、3月1日のメッセージも楽しみです!
かまたさん
ほんと、そうだと思います。
遊びや休息、もっと私達はこの分野について声をあげていかなければならないと思います。
私は神様ほど「遊び心」をもっているお方はいないと思います。証拠?神が造られた諸々の作品には、新鋭の現代アートもかなわないでしょ。