毎日、おもしろい体験をしている。ブログを書いている人なら同じことを感じているかもしれないけど、このブログはまず最初に地味な画面上に下書きをしてから、正式に皆さんが見て下さっている青空の画面にアップされている。そして、そのアップされたものを改めて見ると、誤字脱字はもちろん、文脈の無意味さなど色々なことに気がつかされるのだ(それでも間違い多きワタクシではありますが)。
不思議なのはそれが下書きの時には全然気がつかないということ。
言い方を代えれば、いいデザインだなと思って発売前の新車を工場から出して、街中で試乗してみたら、デザイン上の色々な不具合が見えてくるというような・・・。やっぱり最終的に現場に出してみなければ分からないことって多いんだね。
ということは自分を色々な場所に置いてみることによって、そこで新しい自分を発見できるということなのかなとも思うのです(それまで気がつかなかった自分の良さや欠けていることなどなど)。そして、この発見を引き起こす誘因となっているのは「私達の旺盛な好奇心」だと思うのです。そして、これは私達にとって、とぉっーても大切なことだと思うのです。
マック
追伸:なんか居酒屋で部下にからみつくオジサンのお説教のようですね。失礼いたしました。
僕は居酒屋で信徒にからみつく、やさしーい牧師を数人知っています。マック先生もそんなやさしーい諸先輩方のような牧師さんになってください。そして、それは私達、信徒にとって、とぉっーても大切なことだと思うのです。
そうですねー それはとぉーっても大切なことですね。M師匠はそんなパスターに囲まれていてお幸せですね。ワタクシも見習わせていただきます。
何せ私達の師、ジーザスはその先駆者でしたものね。ジーザスはよくあちこちで開かれる「宴」の中心にいました。
これこれ、本当にそうですね。私はブログのエントリーをアップする前に、ワードで下書きするのですが、(下書き画面が消えて、下書きがパーになったことが度々あったため)言の葉の木につけてから、色々と細かなミスや、流れのおかしさや、不適切な表現に気づくこと多々。ブログならまだ何度も書き直せますが、レポートだとそれきりだし...(涙)校正が甘いのだなぁ、と思っていましたが、「最終的に現場に出してみなければ分からないことって多い」という言葉に強くうなずきました!好奇心を持って、色んな場所に自分をアップしていきたいものです。
「居酒屋で部下にからみつくオジサンのお説教」あんまり聞いたことがないので、わからない喩えでしたが、こんなお話が聞けるのでしたら、ジーザスの「宴」も楽しかったんでしょうねー。
私達が聖書を通してもつ「ジーザスのイメージ」って、とても大切ですよね。けっこうこの辺りで私達のクリスチャン・ライフの違いが出てくるのかもしれませんね。