賢者も愚者も永遠に記憶されることはない。
やがて来る日には、すべて忘れられてしまう。
賢者も愚者も等しく死ぬとは何ということか。
弔いの家に行くのは
酒宴の家に行くのにまさる。
そこには人皆の終わりがある。
命あるものよ、心せよ。
この言葉はある人が書いた本の見開きに書かれています。誰の著書だと思いますか?そう、それはビートたけしさんです。10年くらい前に彼はバイク事故で生死の境を行き来したことがありました。そのような緊迫した状態を脱して一番最初に書いた本が彼の著書「たけしの死ぬための生き方」であり、その一ページ目にこの言葉だけが書かれています。そして、この言葉は聖書の中の「伝道の書」からの引用なのです。私の個人的な考えなのですが、私はこの「伝道の書」こそが聖書の中で一番、現代人(特に日本人)に分かり易い書ではないかと思っています(おそらく解説がなくともその内容は伝わると思います)。
この書の著者はイスラエル第三代目の王、ソロモンであり彼が自分の人生と世界を眺めた時に一切は空だと言っているのです。「ソロモンの財宝」という言葉があるように、彼は財、知恵において頂点を極めた王でした。私たち多くの者が求めているものを全て手中にした人が「これらを手に入れてみたが、なんだ一切は空ではないか、風をとらえるようなものではないか」と嘆いているのです。多くの人が日夜、目指している山頂に立った人が、そこから自分と世界を見て、虚しいといっているのですから、この言葉には説得力があります。
しかし、この書は「虚しい人生、諦めて生きていけ」とは言っていません。その一番最後はこんな言葉で閉じられているのです。
あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年がよって、「わたしにはなんの楽しみもない」というようにならない前に・・・。
よき週末を!
マック
マックさんへ
今日のブログはとても考えさせられました。ブログを読んだ後、『伝道者の書』を読みました。自分が何も考えず、また何もせず、ただただ時を過ごしていたのを改めて感じました。私は自分の創り主を知っています。でも「覚えて」はいませんでした。今日のプログはとても私にとって深いものになりました。どうもありがとうございました。
数千年前を生きた人の思いと今を生きる私達の思いの間に共感が生まれるということはスゴイことですね。そして、ソロモンの結論も現代の諸々の問題に光をあてる結論だと思うのです。