ばあちゃんからの贈り物

今日、我が家にピアノがやってきた。

経緯はこういうことだ。今年の夏、九州にいる母を訪ねた。彼女は今も現役の牧師として福岡県柳川市の教会ではたらいている。その母が私達の帰り際に「これで奏(長女)にピアノを買ってあげなさい」と封筒を手渡してきた。母にとって「将来、神様のために音を奏でるように」と名づけられた孫娘にピアノをプレゼントしたいという気持ちは長い間の願いで、それを抑えることができなかったようだ。変な言い方になるが、親孝行と思い感謝して封筒を受け取った。

そして、おととい立ち寄ったピアノ屋さんがセールをしていて、中古でなかなか質のいいピアノ(家内曰く)を見つけ、予約しておいた。そして、それが今日届いたというわけだ。母にも電話をした。受話器ごしに聞こえる嬉しそうな声!たとえそれがとりあえずは孫達の拙い「チョウチョ」であっても、「夕焼けこやけ」であっても母には天使が奏でる音として心に響くのだろうなと思った。願わくは家族そろって神をほめたたえることができたら、そして、目の回る日々を過ごしている家内が鍵盤に触れることによって一息つくことができたらいいと思う。

「息のあるすべてのものに主をほめたたえさせよ。主をほめたたえよ」詩篇150:6

マック

告白:私は中学校二年生の時に音楽の通信簿の10段階評価で2をとったことがある(威張るな!)。アルト・リコーダーという三つに分解される楽器のまん中の部分でチャンバラをして、そのパーツを失くしてしまって実技試験を受けることができなかったからだ。真ん中がないリコーダーを持って先生の前に立った時の先生の呆れ顔を忘れることができない。先生、ごめんなさい、反省しています!

母は夢を孫に託したのだと思う・・・。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
↑↑ キリスト教ブログランキングに参加しています。
よろしければ応援クリックをお願いします。


ばあちゃんからの贈り物」への3件のフィードバック

  1. パスターはバックパッカー時代に、とことん言葉の通じない連中と触れ合ったから分かると思うけど、楽器をちゃんとモノにしていると音で会話が出来るのが素晴らしい。ヨーヨー・マのシルクロード・オーケストラのジャム・セッションなんかも、俺らの貧乏旅行の大部屋の、超・ハイレベル版ってカンジじゃねえ?
    子供に楽器をやらせるのは賛成だ。

  2. わ!わ!わーーー!おめでとうございます!奥様、よろこんでおられるでしょう?!うわーうわー!わたしもうれしいな、なんだか!
    それにしても、先生、アルト笛の真ん中、チャンバラに・・・?すごく、うけてしまいました。真ん中がないリコーダー・・・て、真ん中なくても、つなげられるんでしたっけ?

  3. たしん
    本当にそう思います。ワシは楽器ができないから、出来る方々をいつも尊敬と羨望の眼差しで見ているのです。楽器一つあれば、世界どこでも心が繋がると思います。そういえば、インドで蛇使いのおじいさんからあの「ブービー」と鳴る笛をゲットして帰国したのだけれど、あの音は独特だったなー(あのカゴからコブラが笛の音と共に出てくるのって、漫画の世界かと思っていたのだけれど、あの蛇使いのおじさんって、ターバン巻いて本当にあちこちにいたね。かごの中は本当にコブラだったしね。けっこう、あれを見た時は感動しました)。
    fkm1225さん
    家内もボチボチ弾いているようですよ。自分だけの良き時間がもてればと思っています。
    そうなのです!まん中がなかったので、私の両手には上半パーツと下半パーツがそれぞれあったわけで、これでは逆立ちしても音はでないのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください