一昨日、カリフォルニアの猛暑の中で、家内と「冷蔵庫のありがたさ」について話した。あったりまぇーのように冷蔵庫を私達は使っているが、人の歴史において、ついこの間まで冷蔵庫などというものはこの地上になかったのだ。そして、猛暑の中で生活するにつれ、当時はさぞかし食材の保存というものが大変だったろうなという思いにいたったのだ。
と、このような会話が生まれてきたことには先日のキャンプがある。私達はクーラーボックスにしこたま氷を入れて、飲み物や食材の保冷に努めた。こんなちょっとした不便が色々なことを考えるきっかけとなる。
キャンプの醍醐味はこのような不便さにあるのかもしれない (といっても今回の私達のキャンプはシャワー・トイレ施設つき、水、電源つきだったのですが)。その中から私達に本当に必要なものは何かが分かってくるし、そこから人と人との協力が生まれる。暑けりゃエアコン、寒けりゃ暖房じゃなくて、暑さ、寒さをそのまま体に感じて、時おり吹く風や日差しに体が敏感となっていく・・・。
旧約聖書に記されているように、エジプトを脱出したイスラエルの民達がなぜ荒野で40年、放浪したのかその意味がちょっと分かったような気がする。彼らが野営しながら学んだことはとてつもなく大きなものであったに違いない。
マック
追伸:子供達を焚き火が好きな大人に育てたい。
俺がよく考えるのは洗濯機がなかった時代の柔道家たちの道着洗いの苦労です。8/16の世俗牧師宣言のトッキーニョのお袋さんも手洗いだったもんな。ある程度の年齢になったら、柔道着/柔術着を洗って絞るのって凄え大変だと思うよ。
焚き火して、飲んだコーヒー
おいしかったな~
たしん
そうだよなー。あの柔道着をしぼるのは大変だろーな。トッキーニョはそんなお袋さんの想いも背負ってリングにあがるんじゃないのかね。
さんぼ
さんぼとは、鈴鹿山中や四万十川等、あちこちで焚き火をしたね。さすがに桂浜では遠慮したね。