明日の礼拝のメッセージ準備をしている。以前にも書いたが、私達の教会では、毎週日曜日に通訳者が背後で同時通訳の電波を流していてくれており、英語を話す方々はそれをラジオを通して聞いていてくださる。しかし、時々、私自身が日英両語でメッセージを語らなければならないことがあり、その日が明日(来週も)なのである。
話はそれるが、先々週、訪ねたシカゴにいる青年達の英語の上手なこと!それはそれはネイティヴ・スピーカーのように自由自在に日英両語を操っており、敬服しました。それに比べ、私はよく英語メッセージを語る時に、「皆さんは少なくとも一つのことをこのメッセージを通して学ぶことができます。それは忍耐です」などと申し上げるのですが、それは心からの思いなのです。
ところで、以前、私の母が訪米した時、空港や町中でアメリカ人に向かい、日本語で通しているのをみて(これってよく考えるとスゴイよね。そして、それで何とかしている!)、「おふくろさん、すごいね」と言うと、胸を張って「ここだよ、ここ」とハートを叩いているのを見て、なるほどど思わされたのであります。
そこで、私も「ハートだ、ハートだ」とジーザスにあって気合を入れて毎回、講壇に立つのであります。確かに天のおとうさんも、こんな危なかしい子のためなら憐れんで、恵みを注いでくれるに違いないと、そりゃもう、安心しているのです。幸せな男だなー、わしゃ。。
マック