選挙が終わりました。
選挙結果が出た後のオバマ氏の演説は力強く共感できるものでした。特にこの国で人種の壁を越えてオバマ氏が選出されたということは、とてつもなく大きな意味を含むことで、キング牧師とも親交のあったジェイシー・ジャクソン師が涙を流している姿が印象的でした。
またロスのM師匠やシカゴのはちこさんも書いていますが、マケイン氏の最後の演説には、色々なことを教えられました(前述したように力強いオバマ氏の演説は良かったのですが、最後の謙虚なマケイン氏の演説に彼が再三、訴えてきた"経験"(人生)の違いが一番あらわれていたように思います)。
その演説の中でマケイン氏がオバマ氏の名前に触れると一部の聴衆の中からブーイングが起こりました。しかし、彼は父親が「これからはそれじゃいけないよ」と子達を諭すようにおさめ、最後に「彼(オバマ氏)は、これまで私の敵だったけれど、彼は私の大統領になるだろう」と言いきりました。言葉の節々には党派というよりも、常にこの国のことがあり、この人は本当にアメリカを愛していたのだなぁーと改めて思わされました。
オバマ氏は当選の喜びも束の間で、これから山積みされた国内外の問題に向き合っていくことでしょう。この国の牧師として、私がまず出来ることは、この新リーダーのために祈ることです。
すべての人のために、王たちと上に立っている全ての人々のために、願いと、祈りととりなりと、感謝とをささげなさい。それは私達が、安らかで静かな一生を真に信心深くまた謹厳に過ごすためである。(テモテへの第一の手紙2章1節-2節)
マック
追伸:M師匠、考えていることが近く、映像、み言葉等、共有させていただきました。
選挙直前の日曜日、基地のチャプレンが「CA州ではProp.102が否決されそうな危機にある。CAのような大きな州でそのようなことが認められたらどうなってしまうのか。CAには断食をしてそのために祈っている団体もある。我々も一食くらい抜いて祈ろうではないか。」と言っているのを聞き、断食はしませんでしたがずっとそのことが気になり祈っていました。あぁなんと人間は何度も何度も懲りずに神様の道から外れて歩もうとすることか。
中には法律で禁ずることが彼らを神様に立ち返らせるわけではない、という牧師先生もいます。たしかにそうです。でも、将来子供たちが「あ、うちはネ、お父さんとお父さん」みたいな会話をするのが当たり前になってはいかんと私は思うのです。
大統領は就任の時に聖書に手を置いて誓いますよね? それが本当に聖書への、神様への誓いであってほしい、”God bless America”が本当にその言葉を発する方の祈りであってほしい、そしてその言葉通りになりますように、と祈らずにはいられません。
「こういう時は静かに自分の周りの状況を見極めるんだ。そして、祈りつつ動くんだ」。
マック先生の重慶での貴重な体験を肝に銘じています。ただ祈るだけでもなく、やみくもに動くのでもなく..
お隣の週のTさん
カリフォルニアのためにコメントをありがとうございます。おそらくこちらのプロポジョン8のことかと思います。
私達はバイブルというガイドラインから外れてはいけませんね(11月9日にこのことについてメッセージでお話します)。でも
同時に互いの愛をも失ってはいけませんね(これも最も大切な聖書のガイドラインです)。
神様のルールにとどまり、その中で主の愛を実現させていただきたいですね。
Mさん
コメントをありがとうございます。気持ちを共有していただき光栄です。
私達、この国に置かれている祭司の役目とは、そんなことではないかと思っているのです。