考える

最近、自戒していること。

「考えることをやめたらあかん」。

例えば「これは今までしてきたことだから・・・」というものが曲者。こう思っている時に、自分は「考える」ことを完全に放棄している。だから「そのことは、本当に大切なことなのか、必要なことなのか。さらにベターなベストな道はないのか」と考える。

なかには「その通り、それはとっても大切、絶対必要」というものも多くある。でも、中には「ちょっと待てよ」というものもかなりある。だから、とにかくよく考える。考えて考えて、自分が歩む道を決めていかなければならない。

あなたの先祖が立てた古い地境を移してはならない」 箴言22章28節
あなたの天幕の場所を広くし、あなたのすまいの幕を張り広げ、惜しむことなく、あなたの綱を長くし、あなたの杭を強固にせよ」 イザヤ54章2節

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この二つの聖書の言葉の間を縦横無尽に動き回りたい。

マック

解説:ここでいう「考える」ということは以下の聖書のイザヤ書に記されている「思い」に、いかにしたら近づくことができるかという、ちっぽけな人間の大胆な試みのことを意味します。

わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道はあなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い」 イザヤ55章8節ー9節

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