その辺り、詳しくありませんが「過去に集団自決をしたことがある民族」はどれくらいいるのでしょうか。ユダヤ民族はその一つとして数えられています。
紀元前120年頃、死海を見下ろす荒野にそびえる巨大な岩山の上に要塞が築かれ、後にヘロデ大王がそこを離宮、兼要塞として改修しました。紀元66年、ローマの支配に対してユダヤ人が決起しユダヤ戦争が勃発し、これによりエルサレムが陥落します。その中、熱心党員を中心とした967名のユダヤ人がこの要塞に立てこもり(これらの人達は兵士のみならず、女性や子供も含まれていました)、一万五千人ものローマ兵が周囲を包囲しますが、この難攻不落の要塞になかなか攻め込むことができずに二年が経過します。その間、ローマ軍は指をくわえて要塞を眺めていたのではなく、着々と突入口の準備を進め陥落の日が近づいてきました。敗北を前にユダヤ人達は以後の方針を協議し合い、彼らが決したことは敵の手にかかるよりも自らそこにおる者達全てが自決するということでした(ユダヤ戦記は二人の女と五人の子供だけが生きのびたと伝えています)(以上、ウィキペディア参照)。
私達はかつてその場所に籠城していた967人のことを思いながら、今日、マサダと呼ばれているこの要塞跡を歩きました。今もローマの軍隊が突入した場所が残っており(上掲の写真、右側に建設された道から突入がなされました)、激しく攻防がなされたのだろうという現場を見ながら、当時のことを想像しました。
ローマ軍がいよいよ城壁の中に入りますと、そこにはおびただしいユダヤ人の遺体がありました。そして、彼らは食糧貯蔵庫にたくさんの食物も残されていることを知ったといいます。なぜ彼らは食物をあえて残して死んだのでしょうか、彼らは食料が尽きたから自分達は自決したのではなく、敵の手にかかるよりも自らの命を絶つことを選んだのだという誇りをそこに残していったということです。
マック
追伸:イスラエル国防軍はマサダで軍将校団の入隊宣誓式を実施し、イスラエル軍士官学校の卒業生は山頂で「マサダは再び陥落せず」と唱え、民族滅亡の悲劇を再び繰り返さぬことを誓っています(ウィキペディアから引用)。
