フランク小倉

私達の教会員でありました

フランク小倉

さんのメモリアルサービスが今日もたれました。生前の彼の周りにはいつも笑いがありましたので、今日のサービスも笑いに包まれたものとなりました。出席者には彼の大好きだった“おかき”が配られました。以下、1999年に発行されました当教会の証集よりフランクさんの言葉です。

 

すべてが益に

フランク小倉

 「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」 (ローマ書八章二八節)

私はサンディエゴで一九三七年に生まれました。四才まで、父のマサタローが苺を栽培していたソラナビーチに住み、戦争中は二年間、アリゾナのポストンの強制収容所にいました。その後、現在までほとんど、クカデオロとスプリングバレーの周辺に住んでいます。私は十一才の頃からサンディエゴ日本人教会に通ってイエス様のことを学びました。向井兄が毎週サンデースクールに連れていってくれ、後に彼の息子さんのトム向井兄が、送り迎えしてくれました。

 

八尋ジョージ先生と奥さんが家と農場に訪ねてくださり、家中の者が、イエス様を救い主として受け入れるように励まして下さいました。ある日先生は私に、イエス様を私の主として、又救い主として受け入れるかと聞かれましたので、私は「はい」と答え、イエス様が主であり、救い主として私の心に入って下さるよう祈りました。家中の者がイエス様を受け入れ、後に洗礼を受けました。 しかし、私の信仰は次のような、大きな試練や困難の時を通して試されました。

 

一九五九:母マサエが癌で死亡。             

一九六〇:農場の収穫が冷害にあい、ほとんど一年分の収入を失う。      

一九六一:私自身マーシーホスピタルで背中の大きな手術を受ける。       

一九六二:父(十年間病気)が腸閉塞で一夜にして死亡。         

一九九九:姉(ルース)がアルバラードホスピタルに二週間入院し、現在は養老院に入院中。

 

アンドレクローチの古い歌に「すべてを通って、すべてを通って、私はイエスにより頼むことを学びました」とい

うのがあります。その歌のように、主は私を助けて、そして許してくださいました。試みの時、平安と確信を与

えてくださいました。主は私と共にずっといて下さっています。もしあなたが主としてまた救い主としてのイエス

様をご存知ないなら、今日受け入れてみませんか?

 

私の好きな聖書の言葉は、ローマ書八章二八、三五、三八節、ピリピ一章六節、箴言三章二一二六節で

す。

 

Frank 

フランクさん、ありがとう!

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