発熱の日の思い出

水銀体温計今日は午前中にミーティングがあったのですが、次男坊が昨日から腹痛と発熱で二人で家にいます。妻は教会で母子の会、長男長女は日本語学校です。

幼い頃、学校をやすみたくて体温計をこたつの中に入れて温度をあげていたことを思い出します。割りばしの先にルゴールを浸した綿をつけ、喉に塗り、吐きそうになったことを思い出します。振りすぎた体温計を割ってしまい、散らばった水銀を回収するのに苦労したことを思い出します。小さな田舎町でお医者さんが黒いかばんを持ってきてくれて、おしりに注射を打たれたのを思い出します。卵がはいったおかゆを母が作ってくれたことを思い出します。扁桃腺になりネギをてぬぐいで包み、喉に巻いていたのを思い出します。40℃を超えるといつも言葉では説明できない夢を見ていたのを思い出します。枕元に水のはいった桶があり、母がその水で何度もタオルをしぼって額にのせてくれた、その絞られている水の音を今でも覚えています。病気の時だけは無条件でアイスを買ってもらったことを思い出します。母がその時はやけに優しかったのを思い出します。発熱して学校をやすんだだけでこれだけ思い出すことがあります。

ですから、次男坊との今日一日を大切にしたいと思います。

マック

追伸:最近は水銀体温計を見かけなくなりました。デジタルでピピっていうのもいいけれど、赤字で記された37を超えているか否か、緊張感があって好きでした(「超えててくれ~、学校やすませてくれ~」という緊張感です 笑)。

 

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