私達がクリスチャン信仰をもつということは、がんじがらめの生き方をするということではなくて(多くの方はそのように誤解しています)、クリスチャンになる以前よりも自らを自由な身とすることができるということではないでしょうか。かつてはあの人は自分のことをどう思っているだろうとか、こう思われるのではなかろうとか、人を恐れていたかもしれません。また聖書が言いますように罪の奴隷として、自分の言動を突き動かしていたものはその罪から生じる恐れであったかもしれません。しかし、これらは全てキリストによって取り払われたのです。すなわち、私達は人の目を恐れる必要はないし、もはや罪の支配の中に生きることもない、これらを獲得することによって私達は始めて自由の身としてこの世界の土俵の上に立つことができるのです。パウロはそのことを実感し、まさしくその土俵で自らの生きる道について書き記しているのです。
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マック
本質を大切に、自由な心で
コリント第一の手紙9章19節-23節
2013年4月14日
今日、私達が見ていきますコリント第一の手紙はパウロによって、コリントの町に宛てて書かれた手紙です。このコリントの遺跡を10年ほど前に訪ねたことがあります。その町の跡に立ちますと、目の前にそんなに高くない山が見えます。かつてパウロの時代、その山頂にはコリントの町の守護神、女神アフロディーテが祭られた神殿がありました。この女神は愛と美と性を司る女神であって、この神殿には千人もの神殿娼婦がいたと言われます。
このような女性が山頂に千人もおり、その麓のコリントの町は当時、多種多様な人たちが交易で行きかう商業が盛んな宿場町だったそうで、そうなりますと、どうしても町の風紀が乱れ、その影響がコリントの教会内部にも大きかったようです。パウロは第二回目の伝道旅行の時にこのコリントの町に行き、そこに一年六ヶ月もの間とどまり福音を伝え、その地に教会ができたのですが(使徒行伝18章)、いつまでもそこに留まるわけにはいかず、後には後継者に教会を委ねて別の土地に移っていきました。しかし、その後、この教会の中に分裂分派が生まれたり、不品行を行う者もおり、町の道徳的腐敗がそのまま教会の中におよんでいるという問題があるということがパウロの耳にも届き、このコリントの教会宛に書いた手紙がこのコリント第一の手紙なのです。
この手紙の中で彼は自ら寄って立つ一つの心構えについて書き記しています。それは教会というものが、多種多様な人達とその文化、異郷の神々が祭られている世界の只中に存在しているということを悟り、彼が少しづつ、導かれていった心構えであったのでしょう。彼はこう言っています。
19わたしは、すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった。20ユダヤ人には、ユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである。律法の下にある人には、わたし自身は律法の下にはないが、律法の下にある者のようになった。律法の下にある人を得るためである。21律法のない人には、わたしは神の律法の外にあるのではなく、キリストの律法の中にあるのだが、律法のない人のようになった。律法のない人を得るためである。22弱い人には弱い者になった。弱い人を得るためである。すべての人に対しては、すべての人のようになった。なんとかして幾人かを救うためである。23福音のために、わたしはどんな事でもする。わたしも共に福音にあずかるためである(コリント第一の手紙9章19節-23節)。
パウロは多種多様な人がいるこの世界で彼は自ら進んですべての人の奴隷となったというのです。すなわちユダヤ人にはユダヤ人のように、律法を一生懸命に守ることによって自らの義を守ろうとしている人達に対しては、自分はもはやそのような生き方はしていないけれども、そのような人のように。律法というものがなく、己が思いで生きている人達に対しては、自分はそのような者ではなく、キリストの律法の中に生きているのですが、律法のない人のようになったというのです。弱い人には弱い人のようになり、ありとあらゆる思いや境遇や価値観をもっている人に対しては、そのような人達のようになったというのです。そして、その理由はただ一つ、なんとかして幾人かを救うためであるというのです。
しかし、誤解しないでください、それはパウロがコリントの町に蔓延していた不品行を彼らと同じになるためにしていたということではありません。彼は神様が人に与えられた本質的な戒めを破ることはせず、しかし、信仰の本質ではないことに関しては自らを常に自由にしていたのです。
皆さん、パウロはここで「数千の人を救うため」とは書いていません。「幾人か」です。幾人というのですから、それは2、3人でしょう。パウロは2、3人でもいい、いいえ、それが一人の人であっても、もし、その人がキリストを見出すのであるのなら、私は自分に固執しないで、その人のために自ら進んでその人のようになったというのです。ある意味、パウロと彼に続く者達がこのような心の姿勢をもち、一人、そしてまた一人と人に接することがなければ、クリスチャニティーが世界に広がることはなかったことでしょう。
パウロが携えていく信仰は、彼が行く先々の世界に既にあったものとは全く異なったからです。彼は行く先々で、その信仰と衝突することもできたでしょう。しかし、パウロはそのところで自らを放棄して、そこにある者達のようになったというのです。
これらのパウロの考えはどこから来ているのでしょうか。この姿勢はパウロが生まれながらに持っていたものなのでしょうか。いいえ、彼はかつてこんなことを己が拠り所、己が誇りとして生きていました。『5わたしは八日目に割礼を受けた者、イスラエルの民族に属する者、ベニヤミン族の出身、ヘブル人の中のヘブル人、律法の上ではパリサイ人、6熱心の点では教会の迫害者、律法の義については落ち度のない者である』(ピリピ3章5節-6節)
これらの一つ一つはまさしくパウロという人を説明する隙のない肩書きでありました。かつての彼はこの肩書きで自らの周りに誰をも寄せつけない、自らを防御する高い壁を作りながら生きていたのです。彼にとってその壁の高さこそが誇りであり、その高い壁ゆえに人は彼に近寄ることができなかったのです。
しかし、彼の壁はいつまでもそこにはありませんでした。彼は引き続きこう言っています 『7しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった』(3章7節)。もはやこの高い壁は彼にとって益ではなく、かえってその高い壁が自らの災いとなっているということを彼は年月をかけて悟っていったに違いありません。そして、やはりそのパウロの内なる変化を決定づけたのは、イエス・キリストでありました。あの有名なイエス様の生き様を説明するピリピ書の言葉がありますでしょう。
『6キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、7かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、8おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた』 (ピリピ2章6節-8節)。
ここに究極的なイエス・キリストの自由な心があります。イエス様は自ら神と等しくあることを固守すべきではなく、己をむなしくして僕のかたちをとり、私達の間に人として生きる道を自ら選びました。本来、神であるイエス様が人が近づくことができない所から、人の住む地にまで来て下さったこと、その二つの場所を隔てる距離がそのままイエス様が持つ自由の広さを意味していました。このイエス様を知れば知るほど、パウロの壁は少しづつ、取り壊されていったのでしょう。
そして、そのパウロが行き着いた場所について彼はその初めにこう言っています。「わたしは、すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった」(9節)。パウロはイエス様がかつて立たれた境地に自らを置き、そして自分はすべての人に対して自由だという前提に立ちました。もはや誰かが自分を縛ることはなく、自分自身で自分の周りを取り巻く壁を作ることもなく、自分は全く自由だというのです。
皆さん、私達がクリスチャン信仰をもつということは、がんじがらめの生き方をするということではなくて(多くの方はそのように誤解されています)、クリスチャンになる以前よりも自らを自由な身とすることができるということではないでしょうか。かつてはあの人はどう思っているだろうとか、こう思われるのではなかろうとか、人を恐れていたかもしれません。また聖書が言いますように罪の奴隷として、自分の言動を突き動かしていたものはその罪から生じる恐れであったかもしれません。しかし、これらは全てキリストによって取り払われたのです。すなわち、私達は人の目を恐れる必要はないし、もはや罪の支配の中に生きることもない、これらを獲得することによって私達は始めて自由の身としてこの世界の土俵の上に立つことができるのです。パウロはそのことを実感し、まさしくその土俵で自らの生きる道について書き記しているのです。
クリスチャンとなり聖書が言っていることがよくよく分かってきますと、物事の本質が見えてきます。「物事の本質」とは「神様は何を大切にされているのか」ということであり、「イエス様が大切にされたことは何だったのか」ということを知ることです。そのことが本質に関わることであるのなら、一見、どうでもいいことに見えても、その根っこが本質的なことに反することであるのなら、そのことに対しては妥協はしません。しかし、それが本質に関わることではないのなら、私達は自分を自由な所に置きます。このことに私達の目が開かれていきますと、私達は物事の決断がしやすくなり、私達がすべきこと、すべきではないことが見えてくるのです。
そして、さらに大きなベニフィットが与えられます。パウロがこの箇所の最後に書き記しているとおりです「私は福音のためには、どんなことでもする。私も共に福音にあずかるためである」(23)。私達が自らを自由にフレキシブルにする時に、私達は福音に預かることができるというのです。
カトリックの司祭にヘンリーナ―ウェンという人がいました。残念なことに彼は数年前に亡くなられたのですが、彼はかつてハーバード大学の神学教授でした。しかし、彼は祈りのうちに、そこでの生活とキャリアを捨てて、(それはまさしく、パウロがいう自由をもっての彼の選択でした)。カナダのトロントにある、心身に何かしらの問題のある方達が共同生活をするラルシュ共同体という施設の司祭となり、そこで、患者と寝食を共にする生活を始めました。まさしくパウロが言うように「弱い人には弱い人になった」「全ての人のために、全ての人のようになった」のです。
彼はその時のことを振り返りこう書いています。「かっては有効だった能力がどれも使えないということは、私を本当に不安に陥れました。突然、裸にされた自分というものに、向き合わせられたのです。そこで私は、受け入れられることもあれば、退けられることもあり、抱きしめられることもあれば、パンチを浴びることもあります。微笑み返されることもあれば、涙を流されることもあります。それが、皆、その瞬間に私が彼らにどう受けとめられたか、ただその一時にかかっているのです。ある意味では人生をまったく新しくやり直しているようでした。それまでの様々な関係や交友や名声はもう当てにできませんでした。
まさしく、もし私たちがその立つ場を変える時に彼のような経験も免れないでしょう。自分の立っている所を捨てて、隣人の立つ場に立つとは、そのようなものです(何度も申し上げますがそれは窃盗犯に福音を伝えるために窃盗するということ、麻薬に苦しむ人のために、自分を麻薬をするということではありません)。その人のいる状況と同じ場所に自分の心を設定するのです。そこに立つことによって初めて人は心を開き、私たちの中にキリストを見出していくのです。
先ほどのナーエンは言います「これらの経験によって、私は自分の真のアイデンティティを再発見せざろうえなくなったからです。心疲れ、傷つき、全く自分を装うことをしないこれらの人々を前に、能力を持つ自分というもの、すなわち、何かが出来る自分、何かを示せる自分、何かを証明できる自分、何かを築ける自分というものを手放すしかありませんでした。そして、どのような業績にも関わりない。ただ愛を受け、与えるだけの弱くて傷つきやすい、ありのままの自分に自らを改めざろうえませんでした。
彼が発見したことは「私が携えるべき素晴らしいメッセージは、神は私たちの行いや成し遂げることのゆえに、私たちを愛されるのではなく、愛の内に私たちを創造し、贖われたがゆえに私たちを愛される」ということでした。ナーエンは自分の立っている所から、全く自分の関わりのない場に移り、そこに住む者たちの友となり、そこの人達が生きるように生きました。そこで、彼は教えられたのです。自分の弱さ、自分の価値観が今までどこにあったかを。彼はまさしく、ラルシュ共同体で自分の力ではなく恵みによって生きるということ、すなわち、ハーバードではなくて、その共同体で彼は福音に預かったのです。
私達はヘンリー・ナーウエンと全く同じことをすることはできません。しかし、パウロがその生涯をかけて取り組んだように、キリスト御自身が私達のためにその先陣をきってくださいましたように、自らの壁を低くする、その作業に取りかかることはできましょう。そして、それに取り組んでいるうちに、パウロと同じことを経験することでしょう。自分はなんと高い壁を築いてきてしまったのか。気がつけばその壁が何と自分を不自由にしていたのか。伝道の障害になっていたことか。この生き方によって一番、益を得るのは結局、自分自身だということに私達は気がつくのです。
今日はこれから主の聖餐にあずかります。この主の聖餐は神のすがたに固守せずに、この地に来られ、丘の上にそびえたつ王宮に暮らす王ではなく、されこうべと呼ばれていた丘の十字架にかかられたキリストの私達に対する愛を記念するものです。この朝、コリント書を見てきました私達はこのキリストが神のすがたに固守しないことによって私達に与えてくださったものの絶大な価値を思いつつ、この聖餐に預かりましょう。そして、私達自身も少しでもこのキリストの生き様に近づくことができますように、その真の自由にあずかることができますようにと祈りましょう。
本日のおもちかえり
2013年4月14日
1)コリント第一の手紙9章19節-23節を読みましょう。これらの御言葉の中で心に残る言葉は何ですか。その言葉はあなたに何を語りかけてきますか。
2)自分とは異なる生き方をしている人達と同じ所に立って、彼らの目線で物事を考えることは難しいことですか。なぜ、それは難しいのでしょうか。
3)22節でパウロは『すべての人に対しては、すべての人のようになった。なんとかして幾人かを救うためである』と言っています。彼がすべての人になる理由は「幾人かを救うため」であるということは、私達に何を語りかけてきますか。一人の人が主にあって救われるということは、あなたにとってどんな意味がありますか。
4)ピリピ3章5節-7節を読みましょう。ここに記されているようなことを私達は時にとても大切にします。なぜですか。パウロはなぜ、かつて自分にとって益となることを、今は損と思うようになったといっているのでしょう。なぜ、無益ではなく損なのですか。
5)ピリピ2章6節-8節を読みましょう。ここにはイエス様が「神と等しくあることを固守すべき事とは思わず」と書かれています。イエス様が譲られたことは何ですか。私達が固守していることは何ですか。それは本当に固守すべき価値のあることですか。
6)聖書が私達に語りかけている本質的なことは何でしょうか。それは複雑ですか。私達は信仰の本質ではないのに、固執しているようなことがありませんか。そのことがパウロが言っているように私達の損、伝道の損となっていることがありませんか。
7)パウロ「私は福音のためには、どんなことでもする。私も共に福音にあずかるためである」(23)と言っています。なぜ、全ての人のために全ての人となろうとしたパウロは、そのことによって自分は福音にあずからることができますか?