Jesus did not tap (give up).

 Eat_orange
超多忙のスポーツ・ジャーナリストの三尾さんが先日かいた記事にコメントと共に興味深い「New York Times」の記事を残してくださいました。それによると、アメリカの多くの教会で異種格闘技を使って幅広く伝道がなされているというのです。

私の通うジムに行きますとガンガンとバーベルを上げているボブサップやハルクホーガンがいたるところにいます。その辺りの10中9人は男達です。寡黙に重いものを持ち上げ、下ろすというような、とり方によっては刑罰のような、非生産的に思えることを黙々とする男達の姿というものは一見、ファニーに見えるかもしれません。

でもそのような熱気のただ中にいますと、男とは「頭のみならず体でぶつかって何かを受け止める生きもの」なのではないかと思うことが度々あります。聖書の中にはヤコブが神の使いと格闘したという記事があり、その闘いによってヤコブのももの関節が外されたと記されています(創世記32章22節-32節)。これはブラジリアン柔術よりもはるかに古い関節技です(笑:たしん、どう、この聖書の深さ!)。ヤコブの格闘は「男ならではの神様との信頼関係の構築」をあらわしているのではないかと、世界中の神学者達の冷たい視線を感じつつも、最近、勝手に思っている次第であります。

 “Fight the good fight of faith”   Timothy 6:12.

アメリカの牧師さん、懐が広いですな。

マック

追伸:三尾さんがコメントに残していますように、このムーブメントはしばらく見守る必要があるかと思われます。神が与えたもう男の性(さが)に入り込み、その中でキリストのかたちが出来上がっていくのであれば、これは素晴らしいミニストリーとなることでしょう。

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Jesus did not tap (give up).」への2件のフィードバック

  1. 例えば、New York Timesの記事に出てくるメンフィスのUFCのメインでライト級王座に挑戦して、とことんボコボコにされて散ったディエゴ・サンチェスなんかは、強い信仰がないと再起できないと思うよ。
    実際、「もう、やりたくない」と思っても不思議じゃないくらいのやられっぷりだったから、再起戦が決定したら、それだけでディエゴの強い信仰に裏打ちされた諦めない心が証明されると思う。

  2. 「たといその人が倒れても、全く打ち伏せられることはない、主がその手を助け支えられるからである」詩篇37篇24節
    ディエゴなら、こんな聖書の言葉を励みにしているんじゃなかろうかと勝手に想像しています。

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