18年前のある夜、私はインドのカルカッタの空港に降り立ちました。空港玄関を出た瞬間にそれまで体感したことのない空気にさらされつつタクシーで一人市内に向かいました。カルカッタは1500万人もの人が住む大都市ですが、その夜は明らかに東京やバンコクとは異なり、街を暗闇が包みんでいました。タクシーを降りて自らの足で町を歩き出し、やがて夜の暗さに目が慣れてきた時にある光景が見えてきたのです。すなわち、そこには暗闇の路上にうごめく人たちがいました。そして、その人達の傍らを通り過ぎる時に、その人達の中に手や足、鼻が失われている人達がいました。ハンセン病によって苦しんでいる人達でした。
マック
今日、礼拝でお話したメッセージです。
よかったらお読みください↓最後に「本日のお持ち帰り」があります。
手に傷跡を残された方
イザヤ53章1節‐7節 (2009年4月5日)
こんな話を読んだことがあります。ある若い夫婦が結婚しました。彼らはそれはそれは幸せな結婚生活を始めました。しかし、その妻が病気であることが分かったというのです。彼女はすぐに入院し、それから考えつくありとあらゆる検査を行いました。そして分かった事は彼女の体には悪性の腫瘍があり、その生存率は30%だということでした。彼女はとても強い治療を受けたためにその皮膚が変色し、毛髪は抜け落ち、体には耐え難い痛みがありました。
彼らは信仰者でしたから、そんな彼女のもとに教会の一人の婦人がきてこう言いました「病気になることは神のみ心ではありません。きっと悪魔が働いているのです。神様はあなたが癒されるという信仰を奮い起すのを待っていらっしゃるのです。聖書には信仰があれば山ですら動くと書いてあるのですから」
しかし、どうしたら彼女のような健康状態で自分を奮い起すことができるのでしょうか。心がそう思っても体がついていかないのです。悪魔といわれてもそれと戦う気力などないのです。
数日たって今度は教会の役員がきてこう言いました「もしかしたら、あなたの生活の中に神様に喜ばれないものがあるのかもしれません。悔い改めるべきものは悔い改めましょう。今、あなたに神様は何かを語りかけていないでしょうか」
彼女は自分のそれまでの生活を思い起こしました。確かに色々なことを思えば、自分の過ちや失敗が思い起こされます。しかし、それらを思えば思うほど、自らの体も弱くなっていきました。神の存在というものが、自らを睨みつけている存在に思えてきました。
しばらくたって教会で一番、霊的な人と言われている人が来てこう言いました「苦しいでしょうけどこう祈りましょう。神様、このような苦しみを下さったあなたに感謝します。この病気はあなたのみ心です。あなたは私の最善をご存知です。このような経験をさせてくださるほど私を愛してくださった、あなたを私はほめたたえます」。
彼女はそのように言われても、そう祈ることなどできませんでした。私を愛しているのなら、なぜこのような病に私をあわせるのか、そこに愛というものを見いだすことができないのです。
最後に牧師が来てこう祈りました。「あなたはキリストの苦難にあずかることができるのです。キリストのために苦しむことに定められているのです。キリストがこれに報いてくださいます。神様がヨブを選ばれたように、あなたは選ばれたのです。神様はあなたをを模範として用いようとしているのですよ」
牧師の言葉は理解できました。しかし、心の中で浮かぶ思いは「なぜ私なのか」という思いでした。
彼女を訪ねた一人一人はそれぞれ心をこめてこの女性に語りかけたに違いありません。しかし、どれも彼女の心には響きませんでした。私達はこのような彼女の感情を理解し共有できる者です。
私達は来週の日曜日、イースターをお祝いします。しかし、その前に私達はキリストの受難週、すなわちキリストが十字架にかけられたという出来事に向き合わなければなりません。今週の金曜日はグッドフライデーとなりますが、このイエス・キリストの十字架にいたる姿についてキリスト誕生750年前に生きた預言者イザヤはあたかもそのキリストの姿というものを目の前に見ているかのごとくにこんな預言をしました。
だれがわれわれの聞いたことを信じ得たか。主の腕は、だれにあらわれたか。 彼は主の前に若木のように、かわいた土から出る根のように育った。彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた(英語の聖書では and familiar with sufferingと書かれていますが、日本語聖書では病を知っていたと書かれています)。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。まことに彼はわれわれの病を負い(Surely he took up our infirmities)、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった(イザヤ53章1節-7節)。
ここに興味深いことが書かれています。すなわち、ここに書かれているイエス・キリストという方は「病を知っており、その病を背負って生きられたお方」であったというのです。私達は心傷つき、体の健康を損なう者です。そして、やがて人は死にます。この確率は80パーセントではなく100パーセントなのです。人はそのような生涯を送るのです。そして、その死を背負う限り私達の肉体は歳をとるごとに強くなっていくということはなく、その過程において必ず私達は病むのです。これもまた100パーセント、私達に起こるものです。生まれてから一度も病気になったことがない、怪我をしたことがないという人はいません。なぜ人は病まなければならないのか、しかもなぜある人は重度の病にかかり、他の人はそうではないのか。私達には分かりえないことです。
ただ一つ分かることは、神は人が避けて通ることができないこの「病と死」という現実を、自ら免れるようなことはなさらず(実際にそうすることはたやすいことでしたが)、イエス・キリストの体を通してこの病と死をその身に追われたということです。キリストは人間が経験しうる生活の諸々の煩わしさ、肉体の疲れ、渇き、怪我をすること、体のけだるさというようなことも私達と同じように経験されたのです。
まさしくその姿というものはピリピ2章6-8節に書かれているとおりです。「キリストは神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた」
キリストはその生涯、私達が人生において体験すること全てを自ら体験されました。そして、私達が人生において決して体験しないことも自らに課したのです。すなわち、このキリストは辱められ、ムチ打たれ、そして十字架にその両手の平、そして両足の甲がまとめて釘づけにされたのです。彼は気を失ってもおかしくないほどにムチ打たれ、出血と共に呼吸困難となり、心拍数が減り、体温が下がり、やがてその瞼(まぶた)が閉じられていくという死のその瞬間ということまでを経験されたのです。
わが子の苦難を免れさせる事ができない神とはいかなる神なのでしょうか。そのような神が私達にどんなことができるのでしょうか。しかし、私達がその十字架がそもそもなんのためであったのかということ、すなわちその十字架の死とは私達の罪の身代わりとなられた、私達のために命を捨てるほどに私達を愛してくださったものであったということを知る時に、私達はその十字架を通して心に語りかけてくるみ声を聞くのです。すなわち神は私達に「私はあなたを愛している。私は我が子がなぶり殺しにされるのを黙認したほどにあなたを愛している」という語りかけを聞くのです。
私達は今日、ホスピス (hospice) という言葉をよく聞きます。ホスピスとはターミナルケア(末期患者のケア)を行う施設または在宅ケアのことを意味します。このケアーはもはや治療が不可能となった患者に対して、その最後の時に質の高い生活をしてもらえるようにという考えから生まれてきたものです。
私もお会いした事があるのですが、そのホスピスにおいて大きな働きをしておられる下稲葉 康之という医師が福岡にある亀山栄光病院というキリスト教主義の病院におられます。先生は牧師であると同時に、その病院で理事長・院長をしておられる方で「百万人の福音」という雑誌の1999年3月号に自ら担当したある患者について「ある臨床報告ホスピス」という記事の中に書いています。ちょっと長いのですが読んでみます。
「車椅子で入院して来た三十五歳の婦人があった。その傍らには沈痛な面持ちの夫と,まだあどけなさの残る三人の幼い子どもたちがいた。この夫婦は高校時代に剣道を通じて知り合い、やがて相思相愛の仲となり、そして結婚した。 夫は派出所でお巡りさんとして昼夜をおかず献身的にその務めに従事し、妻は派出所に住み込んで夫を支え,女流剣士として地域の子どもたちを指導もした。この仲むつまじい夫婦に育てられた三人の娘たちも,実に明朗に伸び伸びと育っていた。
この平和な家庭を青天のへきれきのごとく病魔が襲った。愛する妻であり、慕うべき母親である彼女が子宮がんに倒れた。手術がなされ、抗がん剤が使用されたが再発した。免疫療法や放射線療法が相次いでなされたが効なく、病巣は骨盤内に拡大した。入院時の検査の結果、病状はさらに厳しい状態にあることが判明した。腎機能がかなり悪化しており、医学的には腎不全と呼ばれる状態であった。
私は夫を呼んで説明した「腎不全がかなり進行しており,余命一ヶ月,場合によっては三週間。したがって、今後の方針として、医療上の手当てを色々と施しつつもどうしたら限りある日々を悔いなく有意義に過ごせるかを考えましょう。そのためにはまず本人に病状を説明し、そのうえで家族が一緒に過ごせる環境作りをし、そして魂の平安が得られるように祈りましょう」と。私も真剣に訴えた。時として、涙を拭いていた彼が私の説明にうなずき、そして妻に対して彼自ら病状の説明をすると落ちついた口調で応じた。思わず私は彼の手を取り堅く握手を交わしたのだった。
その晩、彼は妻のベッドの傍らで横になった。ひょっとして一睡もできなかったのかもしれない。翌朝、病室から彼女のすすり泣きが聞こえてきた。驚いた看護婦が訪室すると彼女が夫の胸に顔を埋めるようにして泣きじゃくっていた。夫も大粒の涙を流し、妻を抱きしめていた「ねえ,私,もう治らないの?子供たちと遊べないの?ねえ,お父さん、怖いよ、お父さん,本当のことを聞かせてよ!」
夫の胸をたたきながら彼女は泣き続けた。「怖い,怖いよお・・・・・」と泣く妻を抱きしめて夫が意を決したように、彼女の両肩に手を置き彼女の顔を見つめて告げた「よし、俺が話す。話すからちゃんと聞け。俺が話すから・・・・・」彼女はしゃくり上げながらうなずき、夫の胸に顔を埋めた。
夫はまさに断腸の思いで説明したに違いない「がんが再発、転移しており、一ヶ月ももたない」と。約三十分後、二人とも泣きはらした目つきではあったが落ち着いた表情で寄り添い「さっきはどうもすいませんでした.もう大丈夫です.もう泣いていません」とかすかに笑顔をつくりながら会釈した。
その翌日、夫婦は三人の子どもたちに率直に語った「お母さんは一ヶ月後に死ぬんだよ。これからは,お父さんと四人でがんばらねばね・・・。お母さんは死ぬんだけど、いつもあなたたちと一緒よ。ずっと守ってあげるからね。あなたたちがどこにいようと、いつもいっしょよ」子供達は時として涙を流すことはあったが、病室での家庭生活を楽しく過ごし父親の送り迎えで病室から通学した。
神の奇跡は現代社会のどこに見られるのかと問われるならば、私は躊躇なく答える。それは決して超自然的な病いの癒しにではなく、絶望的な状況にありながら末期がん患者に生き生きとした望みを与える神の働きにあると!まことに神の力は弱きの内に現される。この夫婦に神の働きあれかしと心から願いつつ接し、語った。二人は真剣に耳を傾け、質問し、そしてついには手を取り合って神に感謝し、天国に召される日を望むようになった。
そのようなある日のこと訪室すると、彼女は起き上がってニコニコしながら話し始めた「ここに来てよかった。先生に会えてよかった。今,本当にうれしい。もうすぐイエスさまの所に行けるから」「Mさん、強いね。どうしてそんなに強いのかなあ」と問うと「それは私が強くないから、もうそんなに長くないから、嬉しい、天国に行けるので胸がワクワクして・・・」
厳しさのただ中で,何とも澄んだすがすがしい感じの会話だった。そして圧巻は夫婦の結婚十周年記念と長女の九歳の誕生日のお祝いであった。スタッフはメッセージを託した色紙と花束を贈り賛美を歌った。私は聖書を手にして「キリストを信じる者は,死んでも生きる」と霊の感動に声を震わせながら復活の希望を語った。夫は声をつまらせながらも「これからは五人の輪がやがて四人の輪となりますが、仲良く一生懸命生きていきます」と子供達の手を取りながら挨拶した。
彼女は涙している長女を慰め、励ますように終始ほほえみかけていた。その表情にはある種の気高ささえ感じられた。そしてその周辺には何とも形容しがたい穏やかな感動と厳かな雰囲気が漂っていた。「あなた,再婚しては駄目!再婚するのなら、またこの私とよ」とニッコリしながら語りかける彼女に、これまた微笑んで応じる夫、死別という厳しい現実に対峙し、相思相愛の夫婦の絆(きずな)が絶たれようとしているただ中で確かに神が働き、その絆はますます真実な不変不動なものとされていった。
皆さん、今日のメッセージで最初に同じく病の中にある人を訪ねた方々の言葉を紹介しました。しかし、その言葉はその女性の心に届きませんでした。しかし今、お話した夫婦の心に下稲葉先生の言葉は届いたのです。いいえ、下稲葉先生の言葉が特別だったというわけではなく、先生が偉いというのではないのです、先生の言葉によってその女性の心に病と十字架における死を通られたキリストの愛が触れたのです。その時に実に下稲葉先生が告白されたような奇跡が起きるのです。
「神の奇跡は現代社会のどこに見られるのかと問われるならば、私は躊躇なく答える。それは決して超自然的な病いの癒しにではなく、絶望的な状況にありながら末期がん患者に生き生きとした望みを与える神の働きにあると!」
18年前のある夜、私はインドのカルカッタの空港に降り立ちました。空港玄関を出た瞬間にそれまで体感したことのない空気にさらされつつタクシーで一人市内に向かいました。カルカッタは1500万人もの人が住む大都市ですが、その夜は明らかに東京やバンコクとは異なり、街を暗闇が包みんでいました。タクシーを降りて自らの足で町を歩き出し、やがて夜の暗さに目が慣れてきた時にある光景が見えてきたのです。すなわち、そこには暗闇の路上にうごめく人たちがいました。そして、その人達の傍らを通り過ぎる時に、その人達の中に手や足、鼻が失われている人達がいました。ハンセン病によって苦しんでいる人達でした。
ポール・ブランドという医師がインドのベロールでハンセン病患者のために働いている時、そこで説教をしました。彼は自分の前に座る多くの人達を見渡しました。彼の目は人々の手に止まりました。指のない手、手足が途中までしかない人もいました。多くの人は手を足の下に入れたりして見えないように隠している人もいました。
医師は言いました「私は手の外科医です。皆さんにお会いしたときに、皆さんの手を見ずにはおられませんでした。手相は手を見て未来を占うといいますが、私は皆さんの手を見て過去を占うことができます」
聴衆は熱心にその話を聞いています。ブランド医師は続けて言いました「私はキリストと出会い、キリストの手について学ぶ機会が与えられました。幼少の頃のキリストの手は私達がそうであったように小さくて、まだ何もつかめなかったことでしょう。それが少年イエスの手になると、ぎこちなくその手を使って色々と家事を手伝ったことでしょう。それから大工としての手、のこぎりやかなづちを使う、傷だらけで節くれだった手です」。
やがてこのイエスはその働きを公になさいます。その手をもって多くの人達に触れ、そしてそれらの人達の病をいやしました。その手には同情が満ち溢れており、人々がその手にふれると、その手から霊的な力が出てくるのを感じることができました。
そして、その同じ手は最後に十字架の上に釘付けにされます。私は専門家ですから手の平の真ん中に釘が打ちぬかれたことがどのような痛みを伴うものであるかを知っています。手は腱と神経と血管と筋肉とが非常に複雑に入り組んでおり、そこに釘が打たれるなら、確実にその手は二度と動かなくなります。これによってキリストは世界中にいる障害を持たれる方たちと同じようになられました。
これを聞いていた患者達は衝撃的な感銘を受けました。イエスとは私達と同じように、動かぬ手をもった人だったのかと。医師は続けました「私は次に聖書が記録しているように復活したイエスの手を思い起こします。キリストが弟子達に現れた時「さぁわたしの手を見なさい」と言われ、特にキリストの復活を疑ったトマスに対してはその指を釘の傷跡に差し入れてみるようにと言われました。キリストはなぜ、その体の傷を復活後にも残されたのでしょうか。
ご自分の身に地上にいる人々の苦難を思い出させる形見としてそれを残そうとされたのではないでしょうか。キリストは苦難のしるしを帯びることにより、苦しむ人々の心を理解することができるのです。キリストはいつまでも病むこと、死ぬことを背負った私達と一つであろうとされたのです。
話し終えたときに、医師がそこに見た光景は中庭いっぱいに合掌している患者達の手でした。それらの手は前と同じく、途中までしかなかったり、指がないままでした。しかし、誰一人としてそれを隠そうとはしていませんでした。そこには今までにはない彼らの誇りと威厳すら感じられたのです。
皆さん、先の若い夫婦の話し、そしてこのインドのハンセン病施設の患者達の話し、どちらにも私達の病に威厳を与えるイエスの姿があるのです。私はかつてはたから見ていてもこれ以上の苦しみはないのではないだろうかと思われる友が言っていた言葉を忘れることができません。
彼は言いました「俺のこの体の痛みと苦しみ、それについて本当にものを申すことができる存在がいるとしたら・・・それはイエス・キリストだけだ。そして、そのイエスの言葉は人知を超えた力をもって俺を今、支え力づけている」。
現在、体に痛みを感じている方、いるかもしれません。誰が明日、私達に考えたこともない病気に倒れることがないと断言することができましょうか。人の言葉は時に虚しさを感じる者です。ですから、私ももう口を閉じましょう。その代わりにただイエス・キリストがあなたの心に触れてくださいますように。私達がその手に釘で打たれた傷を見ることができますように。
彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。
しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。
お祈りしましょう。
本日のお持ち帰り
手に傷跡を残されたお方 テキスト:イザヤ53章1節‐7節
①あなたが病床に伏している時、どんな人の言葉に一番、励まされ慰められますか(イザヤ53章3節‐4節)。
②人は必ず死にます。そして、その過程の中で必ず病気となります。今日、お話した末期ガン患者であった夫人とハンセン病患者の病に、イエスは医学的治療以上の光を与えました。それはどこからきていたのでしょうか。
③キリストの手に今も十字架の傷跡があるとしたら、あなたはそれを見る時に何を思いますか?(ヨハネ20章24節‐29節) そこから病に対する私達の思いが変わりますか?
④「キリストの十字架の苦しみがなければ希望の復活はありません」その意味において、なぜイエスは十字架の苦しみを耐え忍んだのでしょうか?聖書が約束する「永遠の命」は病に苦しむ私達にとってどんな意味があるのですか?(ヨハネ黙示録21章3節‐4節)
⑤病とはあなたにとって何ですか?
