ピクルスへと導かれる思い 投稿日時: 2008年11月17日 投稿者: Makoto Okura オフディー。 午前、“ピクルス”が食べ放題のダイナーにて、妻と一週間分のほうれんそう(報告・連絡・相談)。 東の国に“紅しょうが”の牛丼屋があれば、西には“ピクルス”のダイナーあり。国は違えど、「ちょっとつまみたいな」と食の脇役に求める思いは同じ。 マック 追伸:当然、ユッケジャンにおけるキムチや、ブリトーにともなうハラペーニョもこれらに準ずるものなり。これ、すなわちワシらは皆、容姿や言葉は異なれど皆、唯一の神に造られし、同じ人間ということなり。 にほんブログ村 ↑↑ キリスト教ブログランキングに参加しています。 よろしければ応援クリックをお願いします。
真面目な話し、ピクルス食べ放題って嬉しい?沢山、食べるぞっていって食べられるもの?俺の好きなダイナーでは一本そのまま、ついてくるけど、よっぽど時間かけて努力しないと食えないよ。 ほうれんそう、いいねえ! 俺は20年以上前に村上春樹がエッセイ上で披露したオリジナルの造語、小さくとも確かな幸せ=「小確幸」というのがもの凄く好きなんだが、「ほうれんそう」はリズムだけじゃなしに単語になってんのが凄いな。 返信 ↓
真面目な話し、ピクルス食べ放題って嬉しい?沢山、食べるぞっていって食べられるもの?俺の好きなダイナーでは一本そのまま、ついてくるけど、よっぽど時間かけて努力しないと食えないよ。
ほうれんそう、いいねえ!
俺は20年以上前に村上春樹がエッセイ上で披露したオリジナルの造語、小さくとも確かな幸せ=「小確幸」というのがもの凄く好きなんだが、「ほうれんそう」はリズムだけじゃなしに単語になってんのが凄いな。
ここのピクルスは日本の漬物に近いものがあって、特別うまいぞ。ちなみに長男坊はピクルスが大好物だ。ワシも今日は5つは腹に入れました。