「ありえない」からこそ

毎年のことだけど、先日、我が家の年中行事を守るべく座席を押さえた(押さえたというと格好いいけど、最も安い「あの席」だけどね)。今年は我らがパドレスに井口が加わり、それにマリナーズのイチロー、そして城島と同胞の3人の姿を目に焼きつけたい。

と、ここにきてイチローが足踏みしているようだ。報道によれば昨日、27打数目にしてやっと1安打が出て、その打率は3分7厘ということ。今年は8年連続200本安打という大記録の期待がかかる年でもあり、これまで毎年、打ちに打ちまくっていた彼が(ある時は5打数5安打なんていう日もあったりして)、26打数快音がなかったというのは信じがたいことなのです。しかし、かえってその「信じがたい、ありえないと思えること」の中に実は大きな意味が含まれているのではないかとも思うのです。

すなわち「ありえないこと」の背後には、いつも人を超えた存在があるように思えるのです。もし「ありえないこと」が身の回りに起きたなら、それがいいことであっても、最悪に思えることであっても、そこには自分の思い描くちっぽけな計画以上のことを成し遂げさせようと期待している存在がいるということを感じるのです。

ということで、イチローがんばれ!私達はセンターからあなたを眺めます(チビ達は今年も砂場に熱中してしまうかもしれないけど)。そしてその時、去年より大きな背中を見ることができることを信じています!

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マック

追伸:「あなたがたのあった試練で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはないばかりか、試練と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」 コリント第一の手紙10章13節

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