欠航

沖永良部という島の教会に仕えていた時に、台風を何度も体験した。時に停電が数日も続いたり、教会の車が波で流されてしまったり、通過した台風が戻ってきたり・・・、色々なことがあった。あの時に「天気予報への関心」を一生分使い果たしたような感がある。

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故に当時はよく「島を出る船は欠航しないだろうか」というようなことを気にしていた。一度、沖縄へ向かう船に久しぶりに会う親しい方々の顔を思い浮かべながら乗船したことがあった。しかし大部屋で出航を待っていると天候の理由でこの船は出ないということを伝える船内アナウンス。脱力感と共に下船したことを今でも覚えている。

朝日新聞に「ディスパッチャー」と呼ばれる人達の記事が載っていた。この職につく人達は、天気図を分析しながら飛行機を飛ばすか、欠航するかを決断する人達だという。彼らは空港ロビーで、欠航ゆえにお土産をいっぱい抱えてうなだれる親子連れを見るにつけ、自分の「あの判断は本当に正しかったのか」と何度も自問自答するというようなことがあるらしい。彼らが監視するフライトは一年で約10万6560便。その全てに「GO」か「NOT GO」かの判断を下していらっしゃることに頭が下がる。

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「欠航」という表示は私達を弱め、時に心が口惜しい思いで満ちてしまう。しかし、欠航することによって、私達の命は守られている。父なる神も時に私達に「欠航」を宣言することがある。そして、それはよりよい旅の始まりとなる・・・。

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