おもしろきことなき世をおもしろく(2)天来の知恵を賜りたい

『ドラゴン桜』という漫画があり、ドラマにもなりました。元暴走族の弁護士・桜木建二が経営破綻状態となった「落ちこぼれ高校」と呼ばれている高校の運営を請け負うこととなり、経営を回復するために進学実績を上げようと、5年後に東大合格者100人を出す計画を考案するというドラマです。

なぜこの異色の教師が生徒たちに「東大に行け」というのかといいますと「東大卒の者達が日本の官僚となり、この国のルールを作っているからだ」と彼はいいます。少々、無理のある論理ですが、確かに「ルールを造るものがその場を治める」ということはあながち間違ってはいないと思われます。桜木はこの国のルール、すなわち法律を作る者達が日本を治めていくのだと生徒に語っているのです(その方達が本当に相応しいかどうかは別として・・・)。

それでは「万物のルール」を造られたのは誰なのでしょうか。そう、その存在を私達は「神」と呼んでいます。その神はこの世界の万物の法則に対して、どのように向き合えばいいのかを知り尽くしており、その御思いが書かれているものが、私達の手元にあります「聖書」なのです。そうです、そこには私達に必要不可欠な「真の知恵」が書かれているのです。

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天来の知恵を賜りたい
2021年8月15日

私達は先々週から「伝道の書」をみています。この書を書いたソロモンはイスラエルの三代目の王、神様から比類なき知恵と財が与えられた王として有名です。その彼の知恵にあずかろう、その財を一目見ようと他国の王達は彼のもとに訪ねてきたといいます。

彼は知恵と財において、人の頂点に立った人であり、その頂(いただき)から見た風景を伝道の書を通して私達に語りかけています。多くの私達は未だ、その頂きに立っていませんので、そこに至れば全てがうまくいくのではなかろうかと日々、過ごしています。そのような私達にとってソロモンが山頂から語りかける言葉は、私達が立ち止まって考えるべき価値ある言葉です。

昨年から私達は色々なことを見聞きしてきました。コロナのパンデミックがあり、大統領選挙があり、諸々の社会問題が次々と起こりました。さらにはこれらの社会情勢に加えて、日々、私達は日常の課題に向き合っています。高齢の親の介護、子供の教育、結婚生活、自分自身の健康や心の問題、あげればきりがありません。

これらのことが終わることなく、これからも色々なことに私達は直面することでしょう。そんな私達に必要なことは何でしょうか。それは私達が「折にかなった知恵」と共に、「最善の決断」をしていくことです。しかし、実際に折にかなった知恵と最善の決断などというものがこの世界にはあるのでしょうか。

今日は聖書がいうところの「知恵」についてお話しましょう。伝道の書1章12節から15節を拝読します。

12伝道者であるわたしはエルサレムで、イスラエルの王であった。13わたしは心をつくし、知恵を用いて、天が下に行われるすべてのことを尋ね、また調べた。これは神が、人の子らに与えて、ほねおらせられる苦しい仕事である。14わたしは日の下で人が行うすべてのわざを見たが、みな空であって風を捕えるようである。15 曲ったものは、まっすぐにすることができない、欠けたものは数えることができない」(伝道の書1章12節ー15節)。

ソロモンは「天が下に行われるすべてのこと」を尋ね、調べたといいます。そして、そこから得た思いは、それらは見極めることができない、骨折らせられる苦しい仕事であったということです。

2012年にノーベル生理学・医学賞をとりました日本人の山中伸也さんがコロナパンデミックに対してウエブサイトを開設しています(https://www.covid19-yamanaka.com/)。

そのウエブサイトで「ウィルス」や「ワクチン」に関する様々な情報が行きかうこの世界で「どのように真実を見出すのか?」という問いに対して、山中氏はこんなことを書いています。

『私は科学的な真実は、「神のみぞ知る」、と考えています。新型コロナウイルスだけでなく、科学一般について、真理(真実)に到達することはまずありません。私たち科学者は真理(真実)に迫ろうと生涯をかけて努力していますが、いくら頑張っても近づくことが精一杯です。真理(真実)と思ったことが、後で間違いであったことに気づくことを繰り返しています』(山中伸弥による「新型コロナウイルス情報発信」より)

科学分野で世界の最前線を行く科学者が真理に到達することはできないと言います。そして、山中先生の思いはこのソロモンに通じるのです。ソロモンはそのことを伝道の書8章にこう書いています16わたしは心をつくして知恵を知ろうとし、また地上に行われるわざを昼も夜も眠らずに窮めようとしたとき、17わたしは神のもろもろのわざを見たが、人は日の下に行われるわざを窮めることはできない。人はこれを尋ねようと労しても、これを窮めることはできない。また、たとい知者があって、これを知ろうと思っても、これを窮めることはできないのである」(伝道の書8章16節‐17節)

 この世界の現象について、一つの発見がなされる。しかし、さらにその先には私達が知らない世界が広がる。その先にも、その先にも・・・。まさしく、その探求は骨折らせられることです。ソロモンはこのようなことを何度も経験したのでしょう。そして、その極めつけの言葉として知恵が多ければ悩みが多く、知識を増す者は憂いを増す」(伝道の書1章18節)とまで書き記しました。

33年前、私が初めてアメリカに来た時、私は日本の辞書をもってきました。今日、ぶ厚く、重たい辞書をもってアメリカに来る人はいないのではないかと想像します。その機能は全てスマホの中にあり、今日の私達にはグーグルという検索サイトがあるのです。

数か月前、口の中に小さなおできのようなものができました。グーグルで調べましたら、出てくる、出てくる、ありとあらゆる病気名、そして行き着く先には喉頭がん、舌癌・・・。それらの症状を調べますと、不思議なもので、全てが自分に当てはまるように思えてきて、最悪のシナリオを考えたのですが、幸いなことに数日後に、そのできものはきれいに消えました。このようなことを経験する時に思います。時におびただしい数の情報は慰めとならず、それは恐れを抱かせるものなのだと。

今は手元にありませんが、私達夫婦に最初の子が与えられた時、その出産を前に数冊の育児書を購入し、それを毎日、繰り返し読み、その日を待ち望みました。しかし、実際に子供が生まれてからは、その本を開くことはほとんどなくなりました。夜泣きをする子供を前に、その本は何の役に立たないことを私達は知っていたからです。

学歴社会というのは、自分が卒業した出身校の名前が履歴に掲載され、それを基に進路が決まっていく社会です。確かにその知識はその専門分野においては大きな戦力となります。しかし、それらの知識は人生に起きてくる諸々の問題、課題にはほとんど何の役にも立たないことを私達は知っています。

先日、ある本を読んでいましたらこんなことが書かれていました。私達がこの世界に生を受けるということは、すでにルールが決められ、すでにゲームの始まっている競技場に後からプレイヤーとして加わってくることなのだというのです。私達は自分が設定した覚えのないゲームのルールに従って生きなければならないというのです。

ソロモンはこのことをこう書き記しています。曲ったものは、まっすぐにすることができない、欠けたものは数えることができない(伝道の書1章15節)

この言葉は「私達人間には変えることができないことがある」ということを言い表しています。すなわち、人は生まれた時から、空中に放り投げ出されれば地面に落下するというルールを背負い、雨が降ってきて、その下にいれば確実に濡れるというルールに従って生きなければならないのです。

そして、その変えられない最たるルールは私達が病にかかるということであり、老いるということであり、私達は死ななければならないというルールがあるということです。人と出会うということは、いつの日か、その人と別れるルールに従うことであり、獲得するということは、いつの日か、そのものを失うというルールに従うことを意味します。日々の生活の中には既に定められた万物のルールがあり、それは私達には変えることができないのです。そして、時にそのようなことを私達は「不条理」と呼びます。

知識が増すということは、この変えられないルールを数多く見出していくことであり、まさしくそのことは私達にとって骨折りであり、苦悩となります。ソロモンもその苦悩を伝道の書2章に記しています。

15わたしは心に言った、「愚者に臨む事はわたしにも臨むのだ。それでどうしてわたしは賢いことがあろう」。わたしはまた心に言った、「これもまた空である」と。16そもそも、知者も愚者も同様に長く覚えられるものではない。きたるべき日には皆忘れられてしまうのである。知者が愚者と同じように死ぬのは、どうしたことであろう。17そこで、わたしは生きることをいとった。日の下に行われるわざは、わたしに悪しく見えたからである。皆空であって、風を捕えるようである(伝道の書2章15節ー17節)。

 愚か者に起こることは、それが良きことであっても、悪しきことであっても、知者にも起こるという事実。ギリシア人は、はしごから転落しない、ユダヤ人は雨に濡れないということはなく、私達は否が応でもこのようなルールの中に生まれてくるのです。そこにクリスチャンだから、イスラム教徒だから、無神論者だからという区別はありません。人がいくら知恵と財をもっていても変えることのできないものが世にはある。たくさんある。私達は、ひたすらそこに甘んじていかなければならない。それはなんと空しいことであろうと彼は言うのです。

主にある皆さん、この変えられないルールにのっとった世界に生きなければならない私達の最善の道をご存知ですか。

『ドラゴン桜』という漫画があり、ドラマにもなりました。元暴走族の弁護士・桜木建二が経営破綻状態となった「落ちこぼれ高校」と呼ばれている高校の運営を請け負うこととなり、経営を回復するために進学実績を上げようと、5年後に東大合格者100人を出す計画を考案するというドラマです。なぜこの異色の教師が生徒たちに「東大に行け」というのかといいますと「東大卒の者達が日本の官僚となり、この国のルールを作っているからだ」と彼はいいます。少々、無理のある論理ですが、まったく間違っているわけではないのかもしれません。

確かに「ルールを造るものがその場を治める」ということはあながち間違っていないと思われます。桜木は結局のところ、この国のルール、すなわち法律を作る者達がこの国を治めていくのだと生徒に語っているのです。

それでは、ここまでお話してきました「万物のルール」を造られたのは誰なのでしょうか。そう、その存在を私達は「神」と呼んでいます。その神はこの世界の万物の法則に対して、どのように向き合えばいいのかを知り尽くしており、その御思いが書かれているものが、私達の手元にあります聖書なのです。そうです、そこには私達に必要不可欠な「真の知恵」が書かれているのです。

コロサイ人への手紙1章9節9節-10節においてパウロは私達が知るべき知恵についてこう書いています。9そういうわけで、これらの事を耳にして以来、わたしたちも絶えずあなたがたのために祈り求めているのは、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力とをもって、神の御旨を深く知り10主のみこころにかなった生活をして真に主を喜ばせ、あらゆる良いわざを行って実を結び、神を知る知識をいよいよ増し加えるに至ることである(コロサイ1章9節ー10節)。

私達の探求、それが宇宙のことであれ、目に見えない微生物であれ、私達の老いや死というようなことであれ、その探求を通して、私達は「神の御旨」を探るのです。私達の全ての探求はそのことのためにあるのです。いいえ、もっと言いますと、それは学問だけに限られず、私達の芸術、音楽、文学、それらを通して、私達は神の御旨を知るように努めるのです。そして、そこから私達の心に生まれるものは「骨折り」ではなく、神の偉大さを発見する喜びであり、楽しみなのです。

私達が何かを探求する時に尽きることができない世界に向き合うことがあります。人はそれを「神秘」、神の秘め事と呼びます。それに向き合う時に、私達は無力感や空しさを嘆く必要はありません。その時に私達は、それらのものを創造された神の偉大さをほめたたえるのです。なぜなら、その時に私達は神の全能の一端を垣間見させていただいたのですから。

コロサイ書は引き続き、こう書き記します15御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである。16万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。17彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている」(コロサイ1章15節ー17節)。

 この世界にあるもの、私達には変えることのできない神の定めたルール、天にあるものも、地にあるものも、見えているものも、見えないものも、これら全ては御子イエスにあって造られ、それらは全て、イエス・キリストの支配のもとにあるとこのコロサイ書は言っています。

ということは、イエス・キリストがこの地に生まれ、飼い葉桶に寝かされたということは、すなわちキリストは「自らが定めたルールの下にご自身を置かれた」ということを意味します。そのルールに従い、彼は私達と同じように生きました。炎天下を歩けば喉が渇き、疲れを覚えて腰を下ろす、十字架に磔に釘づけされたその体は重力によって痛みが増したのです。そのような肉体をもってこの地上のルールに従われ、そのルールの中で人はどのように生きるべきなのかを説いたのです。「本当の知恵」とは神が定められたルールの中で、どのように私達が生きていけばいいのかという「神の御心」を知ることです。

私達は神様が曲げたものをまっすぐにすることはできません。しかし、その中に神の御心を見出すのです。その中に神の真実を見出すのです。私達は曲がったものを真っ直ぐにできないと言って、悲しむ必要はないのです。たとえ悪者と義人が同じような取り扱いを受けるようなことがあっても、それらは全て神様の支配の中で起きているのです。神様の目をかいくぐって、それらは起きているのではないのです。私達は今日、このような天からの知恵を必要としているのです。

最後に極めつけの言葉をコロサイ人への手紙2章から皆さんにお送りします。3キリストのうちには、知恵と知識との宝が、いっさい隠されている。4わたしがこう言うのは、あなたがたが、だれにも巧みな言葉で迷わされることのないためである」(コロサイ2章3節ー4節)

 私達はその生涯をかけて、キリストのうちにある神の知恵と知識の宝を見いだすのです。そして、キリストにある知恵と知識を私達のものとさせていただくのです。それこそが私達人間が持つべき、真の知恵であり、真の知識なのです。

人生の問題のほとんどは学校では教えられていないことです。「夫婦の問題」が起きた時に埃をかぶった教科書を持ち出す人はいませんでしょう。「人の死」に向き合う時、私達は互いに慰め合うことならできます。しかし、死ぬということを説明し、死んだ後の世界について「心配する必要はないよ」と、その理由と私達に語りかけてくれる人はイエス・キリスト以外にいないのです。

本多牧師が今、「都のぼり」と呼ばれる巡礼者の詩篇から礼拝メッセージを語ってくださっておりますが、私達の人生も巡礼の旅のようなものです。私達の行く手には山あり、谷あり、分かれ道があり、その道をどのように歩んでいくべきなのかということを日々、私達は問われています。

私達がこれらのことに向き合う時に、私達はある「決断」へと導かれます。そして、その「決断」は、しばしば自分の人生のみならず、愛する者達の人生にも少なからず影響を与えます。そして、その「決断」は私達が得ることができる「知恵」によって決められます。主にある皆さん、もし、その決断が神から与えられる天来の知恵によって決められていくのであるなら、それは私達にとってどんなに心強いことでしょうか。

なぜ、私達は教会に集まり、そこでは聖書が開かれ、神の言葉を学ぶのでしょうか。そこに私達がこの世界が与えることができない天来の知恵があるからです。

私はこれまで人生の日々の決断が後手、後手に回ってしまうことを、身をもって経験してきました。その修復たるや大変なものです。修復できるのならいい、中には修復できないものもそこには含まれていることを私は知っています。

これらのことを思う時に私達が天来の知恵を授かることの大切さは何度言っても言い足りないほどです。その知恵は、この世界のルールを私達が生まれる前から作られたお方のルールです。人に許されている最善の生き方はこのお方のお言葉に聴き従うこと、それ以外にはないと私には思われるのですが、皆さんはどう思われますか。特にコロナというような未曽有の出来事の世界に向き合わなければならない今、共に最善の知恵を主から賜りませんか。お祈りしましょう。

本日のおもちかえり
2021年8月15日

1)伝道の書1章12節‐18節を読みましょう。あなたはどこで知恵や知識を得ていますか。比類なき知恵を得たソロモンは、なぜ空しいと言っているのでしょうか。

 

2)伝道の書8章16節‐17節を読みましょう。物事を極めつくすことができないということを認めることはなぜ大切ですか。「知恵が多ければ悩みが多く、知識を増す者は憂いを増す」(伝道の書1章18節)ということを認識することはなぜ大切ですか。あなたはこのような経験をしたことがありますか。

 

3)「曲ったものは、まっすぐにすることができない、欠けたものは数えることができない」(伝道の書1章15節)ということは「私達には変えることができないものがある」ことを明確にしています。私達が変えることができないものにはどんなものがありますか。私達は予めどんな万物のルールのもと、毎日を生きていますか。

 

4)コロサイ1章9節‐10節を読みましょう。「霊的な知恵と理解力とをもって、神の御旨を深く知り・・・」というところから、私達の知恵が目指すところはどこにあるのかということが分かりますか。このことを探求することは空しいことですか?

   

5)コロサイ1章15節‐17節を読みましょう。ここから万物のルールを定められたイエス様がそのルールの中に身を置いたことがうかがい知れます。そのイエス様が私達に語りかける言葉にはどんな意味がありますか。

 

6)「キリストのうちには、知恵と知識との宝が、いっさい隠されている」(コロサイ2章3節‐4節)という御言葉は何を私達に語りかけていますか。イエス様をよく知り、その内に隠されている宝を得ましょう。

 

 

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