ギフト

先週、一週間、幾冊かの本を読みました。その中で興味深かったのが以前、ブックオフで買っておいた大前研一さんの「50代からの選択」(集英社)。

大前さんは、デジタル社会の新しいルールとして(この本は2004年の出版ですから、その後、さらに新しい変化があったかとも思いますが)、インターネットの初期には「うちは何でも売っています」というデパート・ドット・コムみたいなサイトが存在したけれど、最近はこれらも影をひそめているということに触れ(アマゾン、Ebay等は別として)、それよりも結婚情報ならココ、チーズの情報ならココというように非常に狭いテーマパークがあちこちにできて賑わっていると書いています。

これに関連して、フィンランドの会社、ノキアは創業100年を超える歴史をもつ企業ですが、つい15年前までは家電製品、通信機器から、長靴やレインコート、トイレットペーパーホルダーまでありとあらゆることを手がける総合会社だったと書いています。しかし、当時のCEOが「今に世界中の人が携帯伝話を持つ時代が必ず来る」と携帯電話事業だけを残して、それ以外は全て売却してしまったということ。その結果、今日このノキアが携帯電話業界でどれだけのシェアーを持っているかは衆知の通り。

また、マイクロソフトやデルにこてんぱんにやられたアップルは、失うものもなく「ipod」に全力を注ぐ事に。言うまでもなく今日、携帯音楽市場でアップルは独走状態です。従業員5名の町工場が大企業が作りあげる事ができない商品を作ることができるのです。米国にある日系人教会にしかできないこと、それが必ずあるはずです。

そして、自分のこと。とかく牧師はマルチな人間として求められやすいところがあります。それはそうとして納得しています。しかし、GODが自分に与えて下さっているギフトは何なのかということを先週は布団の中で考えて過ごしました。そこを意識して伸ばしていくなら、他のことも必ず一緒に引き上げられていくと思うのです。

いやーたのしーなー!

あなたがたは、それぞれ賜物(GODからあなただけに与えられているギフト)をいただいているのだから、神のさまざまな恵みの良き管理者として、それをお互いのために役立てるべきである。・・・それは、すべてのことにおいてイエス・キリストによって、神があがめられるためである。栄光と力とが世々限りなく、彼にあるように、アァメン」。聖書:ペテロ第一の手紙4章9節,11節。

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ところで、あなたのギフトは?

マック

追加:必ずあります。

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