1960年代。ブロンクスの貧しい街角では、ギャングが子供達のアイドルだった。皆が額に汗して日銭を稼ぐ中で、ギャング達は上等のスーツに身を包み悠然と通りを歩いた。彼らは誰よりも羽振りがよかったが、人々に恐れられていた。この映画(ブロンクス物語)でロバート・デニーロはギャングにあこがれる息子を持つ堅気のバス運転手を好演している。
貧しい生活でありながら自分の仕事に誇りをもち、ギャングにも一目置かれるデニーロは子供に実直に働くことを教える。そこには派手さはないが、力に憧れる息子に対する静かな生き方があった。
中国の賢人は言った「本当の強さとは、人に恐れを抱かせない強さのことである」。この基準で考えるならイエス・キリストほど強い人はいない。その強さは圧倒的とも言える。私たちはイエスを畏れることはあっても、恐れることはない。人目を恐れていた遊女や罪人達がイエスの前ではありのままでいることができたことを聖書は数多く記録しているし、民衆はイエスの話を聞こうと食事も忘れて彼の後について行ったのだ。恐れを抱かせる者の後に人はついていかないことは歴史が証明している。
イエスを己が主として生きる人達は今日も後をたたない・・・。
マック
デ・ニーロは監督、やらねえだろ、と思っていた私を裏切って、監督デビューを飾ったロバート・デニーロの”Bronx Tale”ですね。この映画の公開時、既にプロの板前だった
私は、失礼な態度のヘルス・エンジェルスがブッとばされるシーンで喝采を上げたものです。 伝道に生きる者の精神的、肉体的強さに関して、パスターとメールで個人的にやりとりしたいな、と考えているのですが、ジーザスは大工なんだから腕っぷしは強かったでしょうね。
私もジーザスは腕っぷが強かったと思うのです。よく中世の絵画では、青白く華奢なジーザスが描かれていますが、そうとは思えないんだよね。大工として外で働くことも多かっただろう、日焼けしていてさ、とびきりいい笑顔していたんじゃないかなと思うんだよね。聖書の中にはジーザスが笑ったということは一度も書かれてはいないけれど、とびきりジョークも上手な方だったと思うよ(イマジネーションとジョークが結びつくものであるなら、聖書に書かれているあの豊富なイエスの譬え話は、そのことを実証しているよ)。そう考えないと、聖書に記されている民衆のイエスに対する反応もありえない話だって。
たしん、個人的メール待ってるよ。