「日本人として生まれて」というテーマで礼拝メッセージを備える毎日を送っています。その中で気づかされていることは、私達日本人がどれだけ他者のことを気にして生きているかということです。「世間様」にしても、「空気を読む」ことにしても、どちらも、私達が自分以外の誰かに過剰に気をつかって生きているということであり、知れば知るほど、そのしんどさというものを感じます。
そんなことを考えながら、私達日本人にとって「温泉」というものがもつ大きな役割ということを思いました。もし、日本国が温泉のわかない国であったなら、今日の日本はなかったかもしれません(なんという大胆な大袈裟な発言!)。
すなわち、温泉に浸かった時に発するあの魂の底からわいてくる「あ~」や「ん~」という原始的なうなり声によって、私達の心にたまったストレスは放たれ、湯気の中に昇華されているのではないかと思ったわけであります。私達、日本人を支えているのはあの「湯煙」であるということは、あながち間違っていないのではないかと思うのです。
マック
追伸:とはいっても「湯気」だけでは、なんとも心細く、限界があるでしょう。なにせ四六時中、浸かっているわけにはいきませんし。ということで「湯気」と「バイブル」をお勧めします。これによって、私達日本人の心身は健やかに保たれるように思われます。
