先日、車の警告ランプがついた。マニュアルを出して調べてみたら、タイヤの空気圧が減っているということらしい。早速、その場に居合わせたYさんとスタンドへ、そして空気注入。しばらくしてランプは消えた。私は車には疎い。何も分かっちゃいない。だから、何かあるとすぐにマニュアルを出す。
そのYさん曰く「人間は創世記の中を今も生きているのですよ」とのこと(Yさん、このブログを見ていると思うんだけど、いいこと言いいますなぁ~)。そうなんだよね。これまで人間が生み出してきた文学や戯曲のコンテンツは全て、創世記の枠を飛び出ていないんだよね。さらに私も牧師として日々、色々な方と接する機会がありますが、一人一人のストーリーは全て創世記の中で起きていることが形を変えて現在、起きていることなのですね。創世記とはまさしく私達の人生のマニュアル本なのです。だから何か私達に問題が起きたら、この書を見れば必ずどこかに光があります。
そんなことを思っていたら、昨晩、科学者のSさんが科学者として、今まで思い悩んでいたことがらについて、気がつけば創世記の冒頭一番最初に全て答えが記されていたじゃないか!と気がついたと話してくださいました。難解な書物や地の果てで開かれている学会にいかなくとも、手元にある聖書の第一ページ目の第一行目に答えがあるじゃないか!と。
「はじめに神は天と地とを創造された」(創世記一章一節)(同志社大学の新島襄はこの一行の言葉に衝撃を受けて、クリスチャンになりました)。
ちなみに物事を本当に分かっている人は、複雑で難しいことを簡単に説明できます。その通りとM師匠も井上ひさしさんの言葉を引用して書いています。何も分かっていない人は難しいことをさらに難しく言うものです。でも前述のYさん曰く、そう考えたら創世記に記されている天地創造のシンプルさときたら、こりゃいったい何?その内容は我が家のチビ達でも理解できるのです。知り尽くしている方は全ての言葉を簡素化して説明できるのです。そして、ついでに申し上げますが、井上さんが言っている文章作成の秘訣、
むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをゆかいに ゆかいなことをまじめに
って創世記一章から三章までに全て貫徹されているじゃありませんか。そこには難しいことが易しく、易しいことが深く、さらに深いことが愉快にということまで書かれているじゃありませんか(深いことが愉快に→特に2章18節-25節→実は、ここには原語のへブル語で、笑いを誘うシャレが書かれています!そして、ここには人類初のラブソングが書かれています!)。井上さんもびっくりでしょ。しかも取り扱っている内容は天地万物と人間の創造という私達にとって超難解な事柄なのすから(井上さんはカトリックの背景をもっているから上記の有名な言葉は創世記から考えついたのではなかろうか→世俗牧師の勝手な想像)。
すげ~な~。
Yさん、Sさん、たくさんの刺激をありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
Sol Deo Gloria!
マック
追伸:一生に一度は聖書と四つに取り組むこと、これは無駄なことではないと思います。半端じゃありましぇんから、この書物。
