一日一生

あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です」 旧約聖書 詩篇139篇105節

私達の教会では2年間「日々の黙想」というものを毎週、お配りして聖書の通読を勧めてきました。そして、その通読もあと少しで終わろうとしています。そこで2007年からのことを考えていたのですが、新年からは(今年はちょうど元旦が月曜日ですし)「一日一生」(これは有名な内村鑑三先生の著書名から拝借)という聖書通読表を用いていただきたく準備しています。

これは「一日を一生であるかのように大切に、じっくりと聖書一章を毎日読む」ことを目的としています。これまでは一日に読む箇所が4、5章になることもあり、それをもって一年で旧新約聖書完読を目指していました。しかし、これから数年はゆっくりと聖書のみ言葉に触れていきたいと思います。今までが特急電車であるなら、これからは各駅電車のようにじっくりと聖書を味わうことができたらと願っています。

この「一日一生」には「鍵となる言葉」や「関連聖書箇所」もつけ加えていますので、聖書本文の内容が整理され、広い視野で聖書の世界が開かれていくことができると思います。そして、何よりも一章に集中することにより、一日の生活があわただしく終わってしまうのではなく、日々、心の栄養を得ていくことができるようにと心から願っています。

マック

追伸:日曜日に礼拝に出席していますという方、礼拝は一週間に1時間だけです。でも一週間は168時間!一時間だけでは私達の生活がジーザスに支配されることは難しいことでしょう(我が身を振り返り実感しているのであります)。この一年、コツコツコツコツと歩んでいきませんか。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村 ↑↑ キリスト教ブログランキングに参加しています。
よろしければ応援クリックをお願いします。

一日一生」への2件のフィードバック

  1. わあ!たのしみです。すっかり、中断してしまい、そのままになっているので、また、新たに、スタートしたいです。断続的でも、続けて、聖書を読んでいるときと、まったく読まなくなってしまったときの違いは、とっても大きいのですね。

  2. そちらにも送られているようですね。一日一生、国を超えて共に励んでいきましょう。
    それにしても便利な時代となりました。郵送せずとも、瞬時に大海を越えていってしまうのですから。形は違いますけれど、これはドラえもんが言っていた「どこでもドア」に通じるのではないでしょうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください