問1:あなたがEjypt(下記図においてはNile Deltaの辺り)において奴隷として過ごし、ある時そこから解放された時、向かうべき場所が「乳と蜜の流れる地」といわれているCanaanだということがはっきりしている場合、どのルートを使ってCanaanに向かうか答えよ。
①地中海沿いで景色を楽しみ、海水浴などもしちゃって、海の幸を食しながらCanaanに向かう。
②水も食料も見いだすことができないシナイ半島の荒野を放浪し、命の危険を感じつつCanaanに向かう。
問2:上記図表における赤線が、実際に400年ものエジプトの奴隷生活から脱出したイスラエルの民が歩いたルートである。なぜ、彼らはそんな遠回りをしたのかを答えなさい。
マック
答えはこちら↓ 今日、礼拝でお話したメッセージです。
無意味な遠回りはありません!
出エジプト13章17節―22節
2009年3月15日
17さて、パロが民を去らせた時、ペリシテ人の国の道は近かったが、神は彼らをそれに導かれなかった。民が戦いを見れば悔いてエジプトに帰るであろうと、神は思われたからである。18神は紅海に沿う荒野の道に、民を回らされた。イスラエルの人々は武装してエジプトの国を出て上った。19その時モーセはヨセフの遺骸を携えていた。ヨセフが、「神は必ずあなたがたを顧みられるであろう。そのとき、あなたがたは、わたしの遺骸を携えて、ここから上って行かなければならない」と言って、イスラエルの人々に固く誓わせたからである。20 こうして彼らは更にスコテから進んで、荒野の端にあるエタムに宿営した。21 主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。22昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前から離れなかった。
私の持っています中学校の歴史教科書の中にイスラエルの民がモーセをリーダーとしてエジプトを脱出したという出来事が書かれています。そして、時おりしも、先週の新聞にエジプト・ルクソールで最近、古代エジプトのアメンへテプ三世(BC1388-1350)の像が発見されたということが書かれていました。モーセとイスラエルの民がエジプトを脱した時の王は(聖書では彼をパロと読んでいますが)、アメンへテプ二世(Amenhotep II)と言われていますから、ちょうど今回の発見は、その次の時代の王ということで、もしかしたら「なんで先代はイスラエルの奴隷達を解放したのだ、おかげでこっちは大変なんだ」などとブツブツ愚痴りながら、自分の像を作らせた人なのかもしれません。
皆さん、この辺りのことについては映画等で、よくご存知の方も多いと思うのですが、簡単に背景をお話します。この時代、エジプトでは代々イスラエルの民達を奴隷として酷使していたのです。しかし、その過酷な状況の中、モーセという一人の指導者がこの同胞の民をエジプトから解放するようにという使命を神から受け、当初は恐れをなしていたのですが、最後に彼は立ち上がるのです。
しかし当然、奴隷は貴重な労働力ですから、エジプトの王、パロはなかなかこのイスラエルの民を解放しようとはしないのです。そこで、それに対して神様はモーセを通して9つの災いをエジプトの国に起します。しかし、それでもパロの心は頑なでありました。いよいよ最後にはエジプト全土の初子が全て打たれるという10番目の災いが起き、さすがにその時にパロはイスラエルの民を手放す覚悟をしたのです。
いよいよイスラエルの民は400年余りのエジプトでの奴隷生活に終止符を打って新しい旅立ちをしました。そのことが記されているのが今日、開かれている出エジプト記13章17節―22節です。この箇所より三つのことを今日は皆さんと共に見ていきたいと思うのです。①神が導かれた道(17-18)②道すがら励まされる神(19)③道の先頭に立つ神(20-22)。
神が導かれた道(17-18)
今日の箇所はこのような言葉で始まります「さて、パロが民を去らせた時・・・」。その言葉の通り、パロはイスラエルの民を去らせたのです。そして、彼らはエジプトを脱出してきたのですから、当然、またエジプトに向かい歩き始めることはなく、どこかに向かわなければならなかったのです。ここで一つ問題となるのは、何百年も一つ所に束縛されていた者達が解放された時にどこに行くのかということです。
しかし、その行く先について神様は既にモーセに示しておられました。そこにはこう書かれています「私はあなたがたを顧み、あなたがたがエジプトでされている事を確かに見た。それで私はあなたがたを、エジプトの悩みから導き出してカナン人、ヘテ人、アモリ人、ぺリジ人、ヒビ人、エブス人の地、乳と蜜の流れる地へ携え上ろうと決心した」(出エジプト3章16節‐17節)そして、この乳と密の流れる地とは彼らの先祖の時代から神様によって約束された地、カナンのことなのです。
皆さん、パワーポイント上の地図をご覧ください。エジプトを見つけましたか。モーセを先頭にイスラエルの民達が脱出した場所です。カナンを見つけましたか。そこは彼らが向かう最終目的地です。この地図を見ながら、皆さんにお尋ねしたいのです。皆さんが400年の束縛から解放されて、そしてしっかりとした行く先を知って一つ目的に向かうとするならば、どの道を選びますか。
言うまでもありません地中海沿岸をただ北東に向かえば一直線なのです。その距離をご存知ですか。220マイルです。もし一日20マイルを歩いたとしたら、約10日、余裕をもっても二週間で到着するのです。しかし、神様はこのイスラエルの民を別方向に導かれました。そして、私達が知るようにそれは彼らの40年におよぶ荒野での生活の始まりとなったのです。二週間と40年は大きな年月の違いです。もし、遠回りという言葉を使うことが許されるなら、こんな遠回りはありません。
海岸線に住む私達に置き換えていえばこういうことです。今年もサンタバーバラの修養会があります。あそこまでここからどうでしょう、約200マイルとしましょう。だいたいエジプトとカナンの距離です。いつものように私達は朝、集合してフリーウエイ5を使い海岸線を北上していきます。言うまでもない、それが最短距離だからです。しかし、もし私が事前にこんなことを言い出したらどうでしょう。今回は道を変えて、サンディエゴからまずフリーウエイ8にのります。そしてエルセントロまで行き、そこから北上してサンタバーバラに向かいます。皆さんは思うに違いありません「牧師もいよいよおかしい!」と。
私達はいつも考えます。「どの道が一番、最短距離で目的地に行けるか」と。そして、3マイルでも短ければ、短い方を選んでいく者です。なぜなら、余計な距離を運転したくないからです。特に当時は皆、徒歩ですから、しかもその民の数たるや200万とも250万とも言われていますから、旅する日数とか、道が平坦であることとか、水があるとか、緑があるとかというのは死活的な問題だったのです。
多くの人達は考えたに違いありません。最短の道を通るべきだということを。最短の道とは地中海沿いの真っ直ぐにのびた道です。皆さんもそうではないですか。私なら、迷わず地中海沿いの道を選ぶことでしょう。その道なら途中、海水浴も楽しめるし、美味しい魚も食べれるのではないだろうかと期待していたかもしれません。しかし、神様は荒野の道に、そうライフライン、すなわち水と食料を確保することが最も難しい道へと民をあえて導かれたのです。
なぜ、神様はそんな道を示されたのか。その理由が17節に書かれています「さて、パロが民を去らせた時、ぺリシテ人の国の道は近かったが、神は彼らをそれに導かれなかった。民が戦いを見れば悔いてエジプトに帰るであろうと、神は思われたからである」
そうです、その最短距離の道の先にはぺリシテ人という民がいました。人目には短くて魅力的に見えた道、しかし、その背後にある困難を神様は見越し、彼らを別の道へと導かれたのです。
皆さん、神様はこのようなことを私たちの人生になさることがあるのです。私たちの目には良く見える道であっても、神様は他の道を示されることがあります。
なぜですか、箴言の御言葉が言うとおりです「人が見て自ら正しいとする道でも、その終わりはついに死に至る道となるものがある」(箴言14:12)だから私達はあのイザヤ書の言葉を信じるのです。
イザヤ55章8節、9節「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道はあなたがたの道とは異なっていると、主は言われる。天が地よりも高いように、わが道はあなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い」
私はなぜこんな遠回りをするのだろうか、なぜこの道なのだろうと思うこともあります。しかし、後に分かるのです。この道こそが最善であったと。
私は神学校を卒業して始めての任地として奄美諸島の離島に任わされました。当時はまさしく右も左も分からない新卒でした。幸い教会の兄弟姉妹は皆、いい人達ばかりでした。しかし、着任早々、大変な出来事にも直面し、島民は皆、知り合いで家族のような間柄という土地で、やはり自分が外部から来た者であるということ、そして四方全てが海に囲まれているという歴然とした事実、何もかも色々な意味で大きなチャレンジでした。
そんな生活を一年ほどしていた時に、家内と結婚することが決まりました。教会は町から離れた場所にポツンと建っていましたので、そこで20代の男が一人居るということは、不自然なことで教会を牧する時にも男一人では、どうすることもできないと感じることが度々ありました。同性ならともかく、女性に対してはやはり十分に伝道牧会が行き届かないのです。ですから当然、彼女とすぐ結婚して働きを助けてもらいたいという思いがあったのですが、当の彼女は神学校を卒業したばかりで一年間は、私も一人でどこかの教会で訓練を受けたいと言い出しました。
私は沖永良部で受話器越しにそれを聞いておりまして、目の前が暗くなりました。心の中で「人の気持ちも知らずにになんということを言うのだ!けしからん!」と思いつつ、「それも主の御心なら」と言いつつも「あと一年、一人でやっていけるだろうか」という不安もありました。彼女がいれば、こんなことも、あんなことも出来ると思っていたのですが、それらが叶えられない故にその時、私にとってこのことは遠回りに思えました。
しかし、今は思うのです。モーセの荒野の40年などとは比べることができません。しかし、あの2年という時を、特に家内に断られた1年という年月、自分の力や人に頼らず、神様に向き合い、そして委ねることを教えていただいたのです。そして、それは伝道牧会をするにあたって一番、大切なことではなかったかと今、思うのです。そして、言い換えるならばあの二年がなければ、今日までここに立っていることができただろうかとも思うのです。そのような道を通らせていただいたことに対して、神様の愛と私を思って下さる思いとは何と深いことだろうかと今は、神様への感謝以外には思い浮かばないのです。
Ⅰコリント10章13節にこんな言葉があります「あなたがたの会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはないばかりか、試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えてくださるのである」。神様は私達が耐えられないような遠回りをさせん。その時々に逃れの道すらも備えていてくださるのです。
皆さん、この後、このイスラエルの民達は遠回りに思えたその道すがらに色々な経験をします。後ろから追ってくるエジプトの軍隊に危機一髪で追いつかれそうになった時に、紅海の水が分かれて底を歩いて渡ったこと、シナイ山で神との契約が交わされ十戒が与えられたこと、天から必要な食物(マナ)やウズラが与えられたりして、見える状況に自分の力に頼らずに、ただ神を信じていく、神だけにより頼んでいくという、まさしく信仰者にとってこれ以上ない訓練を、いいえ言い変えることが許されるならば、神様のご愛と恵みを彼らは体験していったのです。
神様は私たちにも、あえて遠回りをさせて信仰を鍛え、次の大きな戦いに出陣できるよう整えてくださいます。私達の目に最短距離と見えることが、必ずしも神様からご覧になって最善の道とは限らないのです。あえて遠回りと思える荒野の道で神様は私達にその偉大さ、その真理について学ばせてくださるのです。
道すがら励まされる神(19)
今日の聖書箇所の19節を読みますとモーセはヨセフの遺骸を携えていたと書かれています。そして、それはなぜかというと、このヨセフが「神は必ずあなたがたを顧みられるであろう。そのとき、あなたがたは、わたしの遺骸を携えて、ここから上って行かなければならない」と言って古のイスラエルの人々に固く誓わせ、その誓いを彼らも共有していたからです。
ヨセフとは誰でしょうか。彼はイスラエルの族長の一人であるヤコブの息子であり、この時代から400年前に兄弟たちに捨てられてエジプトに奴隷として売られた男であります。しかし、そのエジプトで神様が彼を守り導き、奴隷からエジプトの宰相にまでなった人です。その彼は自らが死ぬ前に今、読みました言葉を残していたのです。その箇所を読んでみましょう。
ヨセフは兄弟たちに言った「わたしはやがて死にます。神は必ずあなたがたを顧みて、この国から連れ出し、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地に導き上られるでしょう」。さらにヨセフは「神は必ずあなたがたを顧みられる。
その時、あなたがたはわたしの骨をここから携え上りなさい」と言ってイスラエルの子らに誓わせた。こうしてヨセフは110歳で死んだ。彼らはこれに薬を塗り、棺に納めて、エジプトに置いた”(創世記50章24節―26節)。
ヨセフとはエジプトに渡ってきたモーセたちの最初の祖先です。その彼の言葉、「神は必ずあなたがたを顧みられる。やがて、あなたがたは私の遺骨を携えてエジプトを出て行く」ということ。この言葉が実に400年もの間、イスラエルの民たちの間で語り継げられてきたのです。どんなにか、奴隷として過酷な労働に耐えていたイスラエルの民たちにとって大きな励ましと希望になっていたに違いありません。
その時に、モーセはそのヨセフの遺言通り、ヨセフの遺骸が納められた棺を携えました(19節)。ヨセフは、神が必ずイスラエルを顧みてくださり、故郷の地に帰る時が来ることを、信仰によって確信していました(ヘブル11:22)。荒野を旅するイスラエルの民たちはヨセフの遺骸を見るたびに、彼らの旅は目標のない旅ではなくヨセフが指図した約束の地を目指して歩んでいる旅であることを思い起こすことができたのです。彼らにとって、自分たちの力と策略によってエジプトの地を出ていくということならば、それは大変な困難があったことでしょう。しかし、彼らを導かれるお方は、彼らの先祖を導かれた真実なお方であったということが彼らにとって大きな励ましであり、希望だったのです。彼らはこの偉大な祖先の言葉を400年もの間、握り締めていたのです。
そして、私たちも今日、このイスラエルの民と共に彼らがかつてもった希望を共有する者であります。彼らとの共通点は何でしょうか。それは、今日、私たちは聖書に書かれている約束に希望をおいて生きることができるということです。私達にはヨセフの遺骸はありまえん。しかし、私達にはキリストの十字架があるのです。たとえいかなる困難、試練をとおってもこの十字架において私達の身代わりとなり死んでくださったお方の真実が変わることはないのです。
先にお話した私の離島時代。家内からの思いがけない結婚延長の申し出と共に歩みだしたもう一年の私一人の歩みはまさしく聖書のみ言葉との歩みとなりました。
傍にいれば色々な悩みを話すことができる人がいないという一人の年月は、神様と向き合う時となりました。神様が語りかけ、励ましてくださったみ言葉を書き連ねたノートは一年でびっしりと埋まりました。先日、このノートを出してきて、読み返していると、その中に申命記8章2節―4節のみ言葉を見つけました。これは今日、お話しているイスラエルの民が、この出エジプトの後に40年もの間、荒野をさまよった後にイスラエルの民に語りかけたモーセの言葉なのです。
「あなたの神、主がこの四十年の間、荒野であなたを導かれたそのすべての道を覚えなければならない。それはあなたを苦しめて、あなたを試み、あなたの心のうちを知り、あなたがその命令を守るか、どうかを知るためであった。
それで主はあなたを苦しめ、あなたを飢えさせ、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナをもって、あなたを養われた。人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった。この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった」。
私の沖永良部時代と出エジプトを比較はできません。しかし、私にとってのあの2年を振り返る時に、この申命記の言葉はイスラエルの民に語られた歴史的な言葉ではなくなるのです。それは、実に私自身に語りかけられている言葉であり、私はただただその言葉の全てに対して、「主よ、まさしくあなたのおっしゃる通りです」とひざまずくのです。
道の先頭に立つ神(20-22)
今日の箇所を見てみますとイスラエルの民は昼は雲の柱、夜は火の柱によって導かれたということが分かります。この雲は昼は荒野の暑い日ざしを和らげ、夜は暗闇の恐怖から彼らを支えました。出エジプト記40章36節―37節を見ると「雲が幕屋の上からのぼる時、イスラエルの人々は道に進んだ。彼らはその旅路において常にそうした。しかし、雲がのぼらない時は、そののぼる日まで道に進まなかった」と書いてあります。彼らは雲が動けば動き、雲が止まるならばその場に止まったとここに書かれています。
私たちは今日、どんな印と共に動き、止まるのでしょうか。まさか、今朝、私は雲に導かれて礼拝に来ましたという方はいないと思います。夜になると火の柱に導かれて運転していますと言う方はいないと思います。
確かに世界には動きがあります。例えば経済には確かに動きがあります。その動向を見て投資家も動き出します。文字通り流行という言葉も絶えず「流れ動いています」。私達もそれが動くと動き、止まると止まる性質をもっています。
しかし、これらの印はなんとあやふやなことでしょうか。「バブルがはじける」という言葉がありますが、それは「大きくふくらんでいたものが突如、姿を消す」ということです。昨日までは目の前にあったものが、翌日に消え去るということです。「これやっと手に入れたのよ」と人に話せば、「あなた、もうそれは遅れているわ」と言われる・・・。世の中の印は移り変わるのです。いいえ、消滅してしまうことすらあるのです。
しかし、私達にはそれでも印が必要です。動く時は動く、止まる時は止まるという確固たる印です。今日の私達にとってその「雲の柱」「火の柱」とは何なのでしょうか?
詩篇119篇105節にはこんな言葉があります「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です」。また、マタイ24章35節には「天地は滅びるであろう。しかし私の言葉は滅びることがない」と書かれています。
一つの「印」が確かなものか否かは人間の何千年来の歴史の評価によって検証されるべきものです。去年は正しかったものが、今年はちょっとおかしいぞでは印となりうるはずはないのです。それは砂漠に消える蜃気楼のようなものなのかもしれません。しかし、この聖書の言葉は現代も確かに人の心に息づいているのです。幾億もの人たちが朝毎に開く聖書の言葉が、その人の一日の雲の柱、火の柱となっているのです。
とても興味深い事に出エジプト記14章20節を見ますと、これらの火の柱はイスラエルの民には光となりましたが、エジプト人には暗闇のままだったのです。ああ、なんと厳かな言葉でしょうか。これは今日もそうなのです。神を信じる者にとって聖書の言葉は光ですが、神を信じることがない人にとって、それを光として見ることは出来ないのです。
また22節に「雲の柱、火の柱が民の前から常に離れなかった」(22)とあるように、その印はその時々によって見失われてしまうようなものではだめなのです。しかし、この雲の柱、火の柱のように今日、私達から決して離れることがないものなどあるのでしょうか。
ヨハネ福音書14章16節から17節にこうあります「御霊が私たちといつも共にいて助けてくださいます」。聖書はイエス・キリストが天に帰られたことを書いています。しかし、それと同時に聖霊というお方を私達に送られたということも記されています。イエスが人の肉体のうちに留まるなら、それは空間と時間の中におかれているゆえ、全ての人と同時に共にいるということは不可能だったにちがいありません。しかし、神が送られた聖霊は私達と共に今も、後も、世の終りまでいるというのが聖書の約束なのです。
皆さん、今日は「無意味な遠回りはない」というタイトルでイスラエル民族の歴史についてお話しました。しかし、私は歴史の教師ではないのです。私達のこのメッセージシリーズが「あなた物語」とあるように、そして私の個人的な経験を今日、お話させていただきましたように、この出エジプトの出来事があなたの物語となるのです。それが、私達のクリスチャンライフなのです。
今、何か無駄な時間を過ごしたり、想定外のことで何か遠回りしていると感じている方いるかもしれません。その時に私達がもし神を知らないなら、私達は言うでしょう「俺の人生はもう終わりだ。私はなんと運の悪いんだろう」そして、ある人達は「自分の人生はのろわれているのだ」とお払いにいくかもしれません。「あなたね、それは先祖のたたりだよ」なんて心ない言葉で振り回されているかもしれません。
しかし、私達は違うのです。なぜなら、そこに神様の静かな、しかし力強い、私達に対する計画があることを知っているからです。箴言3章5節、6節の御言葉がそのことを約束しているではありませんか「心を尽くして主に信頼せよ。自分の知識に頼ってはならない。すべての道で主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」
特に今日、私達は世界規模の経済の困難を迎えています。今まで問題なく己が道を歩いていた人達が立ち止まり、それまで思い描いていたライフプランが思いがけなく、別の方向に向かっていくというようなことを経験する時です。しかし、皆さん、そのような時にこそ大きなチャンスがあるのです。すなわち、私達にとってこのような時にこそ、神というお方を人格的に知ることができるチャンスなのですから。これ以上の収穫は私達の人生にはありえないのですから。そして、その遠回りに思えるような道のりが実は自分にとって最善なものだったと思える日が必ず来るのです。
お祈りしましょう。

感謝です。
WBCがサンディエゴで…
ちょっと見てみようと思ったら、
メッセージ原稿に引き込まれました。
学年末で山ほど
仕事があるというのに
ついつい回り道、
しかし、御言葉によって、
大いに励まされました。
日本ーキューバは行きつけの焼き鳥屋の音無しモニターで見てたんだけど、三回にイチローがファールフライをポロした時に思わず大声を出してしまって迷惑をかけた。
前々から思うのだが、監督が原さんだとサムライ・ジャパンていうカンジじゃないよな。助さん角さんのノリじゃない?
森先生
ご無沙汰しております。
その日のうちに日本でメッセージを読んでいただけるとはいい時代となりましたね。この季節、どんなにかお忙しいことかと思います。ご無理なさらないでください。
たしん
たしん、火曜日の夜はテレビ中継している韓国料理屋に必勝日の丸のはちまきをして行ってくれ。そして、気がねなく大声を出して楽しんでくださいな。