深夜特急

「カルカッタという街はほんのワン・ブロックを歩いただけで、人が一生かかっても遭遇できないような凄まじい光景にぶち当たり、一生かかっても考えきれないような激しく複雑な想念が沸き起こってくる。なんという刺激的な街なのだろう。いった自分はどのくらいこの街にいたら満足するのだろう・・・」。新潮文庫 沢木耕太郎著 「深夜特急3」より

あなたが20歳そこそこの若者で、この一文にめぐり合ったらどんなことを思うだろう。私がまだそんな若い時、この文に出会ってしまった。そして、この文に釘付けになってしまった。「人が一生かかっても遭遇できないような凄まじい光景」とは?「一生かかっても考えきれない複雑な想念が沸き起こってくる街」とは?

青臭い考えと言われてしまうかもしれないが、その時の私は生きる目的みたいなものを考えていた。そんな時にこんな言葉に遭遇してしまったら(だめだよ、こんな本を若者に見せちゃ)、こりゃイカン(遺憾)、私はインド大使館に赴きビザを取得し、インドに向かっちゃった。

話せば長くなるが、結論から言うと沢木耕太郎の言っていることは正しかったと思う。カルカッタとインドの町々で人間の人生の“要約”というものを見たような気がするのだ。これは、とても貴重な体験で、それによって生きるために余計なものがあることが分かったような気がするのだ。

「あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」 聖書 ルカによる福音書10章41節―42節

これはジーザスの言葉だ。いや、それにしてもジーザスは大胆なことを言っている。無くてならぬものは多くはないんだって!5つある、12あるっていうんでもないんだって!な、なんと、たった一つなんだって!。

今はジーザスの言っていることが分かるような気がする・・・。

マック

6 thoughts on “深夜特急

  1. パスターも知っての通り、私も齢21の時、一ヶ月間、インドをうろつきました。その際、「インドを訪れる場合、絶対に一番,最初にカルカッタに行ってはいけない。カルカッタはインドの中でも格別に強烈な所なので、最初にカルカッタに行ってしまうと帰国の日まで、ずっと宿に籠りっきりになる可能性もある」という本の一文に忠実に従い、カルカッタは最後の地としました。それで、かなりの覚悟でカルカッタに辿り着いた訳ですが、予想より、ずっと街がきれいだったので(もちろん、あくまでインドにしてはである)、逆の意味で驚き、現地の人に感想を述べ理由を尋ねたところ、「すこし前に国家規模の大きな行事があり、その準備のために路上生活者をトラック数十台分、遠くの山に捨ててきたのだ」と言われました。

  2. 「それは人権に反する!」と言える国に私たちはあたりまえのように住んでいますが、世界を見渡せば、決してそんなことはないよね。私は息子達が中学くらいになったらインドに連れていこうと思っているのです。あのカルカッタのサダル・ストリートにあるサルベーション・アーミー(まだ、あるかなー)に投宿して、そこからベナレス辺りにも汽車で行って・・・。「お前の住んでいる国は確かに豊かな大国だけれど、世界の一部にすぎないんだ」ということを体で感じて欲しいから・・・。これは父親の役目でしょ。

  3. カルカッタはサダルのサルベーション・アーミー! 懐かしすぎる。私は、あそこの大部屋で、はい、このベッドに泊まってね、と指さされたベッドに何とも腑に落ちない、おかしさを感じて何となくシーツをめくってみたら、人間の背中から腰をカバーするぐらいの縦・楕円形の形に、米粒より少し小さめぐらいの白い虫の卵が、びっちり密集しているのを発見しました。
     オールド・デリーのバザールで、中学生ぐらいの男の子と小学生の終わりぐらいの女の子と両親の日本人の家族に出会ったけど、なんといっても牽引力をバリバリに感じさせる父親が凄く魅力的だったな。

  4. 確か、たしんはプリーにも行っているよな。ワシもあそこに滞在していたんだけれど(やけに野良犬の多いところで、これがまた「ワシら、皆 狂犬病をもっているからな」というようなイデタチなので、いつも戦闘体制になっていたのを覚えているよ)、あそこはベンガル湾沿いの漁村だったけれど津波は大丈夫だったのかな。浜辺にかやぶきの家が
    いくつもあったからね。いつも、気になっているんだよ。

  5. 津波のことは考えもつかなかった。
    しかし、浜辺の茅葺きの家というのが我々の健全な貧乏旅行の共通のノリだ。あの町は、たしか、駅から海に向かって進むと海沿いの道とのT字路行き止まりで、その海沿いの道を右に行くと俺らには手の届かない(届いたとしても、あえてパス)ホテル群が続き、左は安宿が建ち並んでいたはずである。当然、茅葺きの家は、我らが左サイドという訳だ。
     あの町では、地元の、家にトイレを持たぬ皆さん方が、浜辺の、波が持って行くかどうか実に微妙な「際」の位置に大便をしていたのが特に印象に残っています。

  6. たしん、ワシらだけの掲示板となりつつあるな。ワシがもう一つプリーで覚えているのはワシの泊まっていた安宿に日本人中年男性がいたんだよ。話を聞くと仕事を辞めてインド旅行をしているっていうんだね。まだ、若かったワシ、おじさんにも人に言えぬ事情があるんだなと思いました。でも、なんとなくそのおじさん、プリーの太陽の下でいい顔していたんだよね・・・。
    マック

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