事故学

高校時代、中型バイクに乗っていたのだが、夜おそく神奈川・鵠沼の住宅街のカーブを"かっこよく”曲がろうとした時、ガードレールに激突し、見事にこけた。幸い怪我はなかったのだが、バイクは破損、修理費に泣いた。近くを通りかかったおばさんに10円を借りて、友の助けを求めたことを今でも覚えている。

時々、振り返るのだが、あの経験が今の自分を守っていると思うことがある。すなわち、このままではぶつかる!というヒヤリ感と、道路に打ちつけられた時のニブイ痛みが体にきざまれており、それは今でもカーブを曲がる時の慎重さにつながっている。

なんで、こんなことを書いているかというと、昨日の夕方、家内が子供二人を乗せて信号待ちをしていたところ、後ろから衝突されたからだ。ちょうどその時、家内のとなりではポリスが違反車を停めて話をしていたというので、おそらく後のドライバーはそれを眺めていて、前方を見なかったのだろう。幸い家族も相手も怪我なく、車への損傷もなかったし、目の前にポリスもいたので、全ての調書をすぐにとってくれた。

家内とも話したのだが、誰にも怪我がなかったこと、大事にいたらなかったこと、ポリスの目の前でそれが起きた事、そして何よりも“ガクン”ときた“ささやかな衝撃”を彼女の体が覚え、これからの運転に対する注意をさらにうながしてくれたということは、大きな収穫だったと思う。

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マック

追伸:後部座席にのっていたチビ二人もポリスと話す相手ドライバーの姿を見ており、「ポリス、怒っているね~」と一言。彼らにとっても、とても大切な勉強になったようだ。シートベルトはしっかりしめよう。

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