Muhammad Ahmed al-Hamed というアラブ人の名前を聞いて、それが誰だか答えられる人はいないと思います。
1946年、当時15歳の彼は現在の死海とその周辺の荒野で羊飼いをしていました。ある日、その群れの羊がいなくなり、それを探すべくクムランと呼ばれる荒野に分け入り、そこに洞窟があるのを発見し、中に小石を投げてみると何かが割れる音がし、中に入ってみると、そこにおびただしい壺とその中にある巻物を見つけました。
これが20世紀考古学最大の発見と呼ばれる死海文書の発見となります。その写本群は実に誰の目に触れることもなく、その闇の中に2000年も眠っていたのです。
この世紀の発見が〇〇国聖地調査隊とか〇〇大学考古学発掘部隊によってなされたのではなく、一人の無名の少年によってなされたというところに興味があります。思えばイエス・キリストが5000人もの人達を子供が持参していた二匹の魚と五匹のパンで養われた話(ヨハネ6章1節‐14節)、イエスにとって後にも先にもないエルサレム入場に借りものの子ロバが用いられたこと(ヨハネ12章12節-16節)、そしてマリヤ、ヨセフという当時はまだティーンだったようなカップルにキリストの誕生がかかっていたということ・・・。「ここぞ」という時、私達が考えることと神様がなされることは根本的に何かが違うようです。
『わたしの霊は救主なる神をたたえます。この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。そのみ名はきよく、そのあわれみは、代々限りなく主をかしこみ恐れる者に及びます。』(マリヤの賛歌 ルカ1章47節‐50節)。
マック
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