道が閉ざされる時

Pink今日から北カリフォルニアでもたれるユースのためのバイブル・キャンプに私達の教会から13名の子供達が参加しています。昨年、初めてこのキャンプに参加した長男がサンディエゴに戻り、彼をピックアップして帰宅途中、どんなにそのキャンプが素晴らしかったかと興奮して話してくれたことを覚えています。

時はおりしも米国でフルーが大流行している最中。数日前から何を持っていこうとかと楽しみにパッキングして、このキャンプに初めて参加すべく仲良しの友達の家に前夜から宿泊させていただいていた娘が今朝、発熱。駆けつけるとその時点でも熱があり、やむなく参加を断念。「残念だけど、これじゃ、行けないね」と言うとポロポロと涙を流していましたが、今はベッドの中で静かに眠っているようです。

「心から願っていること」が、かなわない現実に向き合うということ、これは彼女のこれからの人生の序章のようなもので、これからも自分が願うようにならない多くの経験を彼女はしていくことでしょう。でも、そこからきっととても大切なことを学んでいくことでしょう。

数日前から発熱し、パーフェクト・アテンダンスを逃した次男坊は回復し登校、その熱の引継ぎが滞りなく妻になされ、現在、山篭り。そして、そのバトンが娘にも手渡され、プチ・パンデミックの我が家。家に残されるは我一人。「逃げも隠れもしないから、さぁー、どこかからでもかかっていらっしゃい」という気合いをいれつつも(笑)、「主よ、どうかそのあわれみゆえに、日曜という峠は越えさせてください」と子供のように祈っています。

世俗牧師らしく(笑)、この歌のフレーズが心に響いてきました。 元気になったらうまいもん、皆で食べにいこう。

マック

追伸:多くの若者が集まる四日間です。彼らが守られるようにお祈りいただければさいわいです。

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