酒と仕事と男と女

私達は「おもしろきことなき世をおもしろく」というテーマのもと、伝道の書から御言葉をみています。今日はその伝道の書2章1節から11節を見ていきたいと思います。ここには主に三つのことが書かれています。すなわち「酒」と「仕事」、そして「異性」について書かれています。

そこからうかがい知れますことは、かつてソロモンは自らを元気づけようと酒を求め、生きがいを見つけようと大きな事業を成し、人生を楽しもうと女性を求めたということです。

このソロモンの言葉は今から約3000年も前のものですが、人は今も変わらず、同じことに関心を抱いているということは、説明するまでもありません。特にコロナ下において、極度にストレスフルな日々を送っている私達は、現実から逃れられる一時の慰めや刺激を求めようとすることがあるかもしれません。今日は伝道の書を通して、そんな私達の足元を確認したいと思います。

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酒と仕事と男と女
2021年8月29日

 私達は「おもしろきことなき世をおもしろく」というテーマのもと、伝道の書から御言葉をみています。今日はその伝道の書2章1節から11節を見ていきたいと思います。ここには主に三つのことが書かれています。すなわち「酒」と「仕事」、そして「女性」すなわち、「異性」について書かれています。

そこからうかがい知れますことは、かつてソロモンは自らを元気づけようと酒を求め、生きがいを見つけようと大きな事業を成し、人生を楽しもうと女性を求めたということです。

このソロモンの言葉は今から約3000年も前のものですが、人は今も変わらず、同じことに関心を抱いているということは、説明するまでもありません。特にコロナ下において、極度にストレスフルな日々を送っている私達は、現実から逃れられる一時の慰めや刺激を求めようとすることが、平穏な時よりもあるかもしれません。今日はこれらのソロモンの言葉を通して、そんな私達の足元を確認したいと思います。

今日は三つのことを見ていきたいと思います。まず最初に「酒」についてお話ししましょう。伝道の書2章1節‐3節を拝読します。

1わたしは自分の心に言った、「さあ、快楽をもって、おまえを試みよう。おまえは愉快に過ごすがよい」と。しかし、これもまた空であった。2わたしは笑いについて言った、「これは狂気である」と。また快楽について言った、「これは何をするのか」と。3わたしの心は知恵をもってわたしを導いているが、わたしは酒をもって自分の肉体を元気づけようと試みた(伝道の書2章1節‐3節)。

私達がうかがい知れるソロモンの一日とは、このようなものであったのではないかと想像します。一国のリーダーとして、国の内外のことを考え、山積みの課題に向き合う一日が終わり、心身の疲れを覚える夕時、張りつめていた緊張を解きたいとイスラエルのみならず、各国から輸入されてくる酒に夜な夜な手を伸ばし・・・。

聖書は酒を飲むことを禁じてはいません。もし、禁じているのならイエス様がカナの婚礼で、イエス様ご自身が水をブドウ酒に変えた奇跡や、最後の晩餐でイエス様と弟子達が分け合ったものが葡萄酒であったこと、パウロが愛弟子テモテに、「健康のためにブドウ酒を飲みなさい」と勧めた言葉を否定することになります。

しかし、これらの記述と共に、酒によって起こる弊害ということについても聖書は随所に触れています。

聖書の中で飲酒について最初に記されているところがどこだかご存知でしょうか。それは創世記9章で、大洪水を逃れたノアがブドウ酒を飲んで酔っ払い、天幕に裸のまま眠ってしまったというところです。その父の無様な姿を見た息子はノアを嘲笑し、酔いから覚めて、そのことを知ったノアは我が子を呪いました。

かつて「ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった」(創世記6章9節)と言われた人です。しかし、酒は彼を変え、この彼の失態は後ほどの彼の子孫の祝福にまで影響を与えました。そのノアの姿を言い表すかのように、ソロモンは箴言20章1節にこう書いています。

酒は人をあざける者とし、濃い酒は人をあばれ者とする、これに迷わされる者は無知である」。

またレビ記にはこのような警告が記されています。レビ記10章8節-11節8主はアロンに言われた、9「あなたも、あなたの子たちも会見の幕屋にはいる時には、死ぬことのないように、ぶどう酒と濃い酒を飲んではならない。これはあなたがたが代々永く守るべき定めとしなければならない。10これはあなたがたが聖なるものと俗なるもの、汚れたものと清いものとの区別をすることができるため、11また主がモーセによって語られたすべての定めを、イスラエルの人々に教えることができるためである」。

アロンとは祭司です。すなわち神の御用にあたる者です。その彼に対して、会見の幕屋に入る時に、すなわち神の臨在の前に出る時には、死ぬことがないように、ぶどう酒と濃い酒を飲んではならないと主は言われたのです。なぜ「死ぬ」などと物騒なことが書かれているのでしょうか。なぜなら、彼らが会見の幕屋に入るということは、その時に聖なるもの、俗なるもの、汚れたもの、きよいものをしっかり区別する判断力が必要であり、その感覚が酒によってにぶり、過ちを犯してしまうということは彼らの命に関わることであったからです。

かつてパウロは愛弟子テモテにこう語りかけました。「これからは、水ばかりを飲まないで、胃のため、また、たびたびのいたみを和らげるために、少量のぶどう酒を用いなさい」(テモテ第一 5章23節)。

胃の痛みというのは、今日でいうと胃潰瘍のようなものでしょうか。きっと伝道と牧会の現場で若きテモテはストレスを感じていたのでしょう。そのテモテにパウロはここで「少量のぶどう酒」を飲みなさいと言いました。

私達はパウロがここで、それは体のため、「少量」であるべきだと言ったことに注目します。自らを失するほど、ストレスの憂さ晴らしになるように、好きなだけ飲みなさいとは言っていないのです。

聖餐式におけるブドウ酒はイエス・キリストの流された血潮を意味するものです。すなわち、私達にとって、最も大切なことを思い起こすために用いられた飲み物は、用い方を誤りますと私達を全く違う人間に変えてしまいます。

いつもは静かな人なのに、酒を飲むと豹変し、時には暴力を振るい出す人がいます。酒を飲んで車を運転すれば、当然、判断が鈍り、人の命を奪ってしまうかもしれません。普段は慎重なのに、酒の席だと善悪の見境がつかなくなり、法律を遺脱するようなことに人は手を出してしまうのです。

これらのことで問題を起こしてしまった人達の多くは「自分は大丈夫」と思っていたに違いありません。しかし、実際は大丈夫ではなかったのです。酒の力は理性とか自制心を超えるものだったのです。

それでは私達はこの酒とどう向き合ったらいいのでしょうか。ソロモンは言いました。「わたしは酒をもって自分の肉体を元気づけようと試みた」(3)。

しかし、彼の父、ダビデは違いました。かつてダビデが戦いに行っている間に、彼の町が襲われ、彼の家族をはじめ、町の若者が捕虜になり敵に連れ去れてしまうという事件が起きました。その時にこの町の人々はその責任をダビデに負わせ、彼は殺されそうになります。自分の家族を奪われ、人々からは孤立してしまう極限の状況の中で、ダビデは何によって自らを元気づけたのでしょうか。

サムエル記上30章6節は、その時のことをこう書いています。「その時、ダビデはひじょうに悩んだ。それは民がみなおのおのそのむすこ娘のために心を痛めたため、ダビデを石で撃とうと言ったからである。しかしダビデはその神、主によって自分を力づけた」

ダビデはどん底にいる時に、主によって自らを力づけたのです。

アルコールは私達の心配や問題を取り去ってくれるものではなく、それらを一時、忘れさせてくれるものです。酔いが覚めれば、飲む前と同じ現実が私達の前にそのままあるということ、ソロモンは飲み干した杯の数だけ、そのことを何度も体験し、その空しさを悟ったに違いありません。

主にある皆さん、私達は自らを力づけることに対して酒に頼るのではなく、主によって力をいただこうではありませんか。エペソ5章18節、19節は言っています。「酒に酔ってはいけない。それは乱行のものである。むしろ御霊に満たされて、詩とさんびと霊の歌とをもって語り合い、主に向かって心から賛美の歌を歌いなさい」(エペソ5章18節、19節)。

主にある皆さん、酒の勢いによって話すのではなく、行動するのではなく、正々堂々と御霊に満たされて話し、行動しようではありませんか。

そして、結局のところ、パウロが書いたコリント書のこの御言葉が私達の飲酒に対する最終的な判断の基準となることでしょう。「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい」(コリント第一の手紙10章31節)。

二つ目のこと、私達の事業、すなわち私達の仕事についてお話ししましょう。ソロモンはこう書きました。伝道の書2章4節から7節、4わたしは大きな事業をした。わたしは自分のために家を建て、ぶどう畑を設け、5園と庭をつくり、またすべて実のなる木をそこに植え、6池をつくって、木のおい茂る林に、そこから水を注がせた。7わたしは男女の奴隷を買った。またわたしの家で生れた奴隷を持っていた。わたしはまた、わたしより先にエルサレムにいた誰よりも多くの牛や羊の財産を持っていた(伝道の書2章4節ー7節)。

ソロモンの言う「大きな事業」とは何でしょうか。まず考えられるのは海外貿易です。現在、海外貿易は当たり前となりましたが、今から3000年前に外国と貿易をするということはとてつもなくスケールの大きなことでした。神様がソロモンに与えられた才覚には海外と巧みに商業取引をする賜物があったのでしょう。

そして、それから得た莫大な利益によって彼は家を建てました。ブドウ畑を作りました。裕福な人が地下にワイン貯蔵庫を作るなんていうことを私達は見聞きしますが、彼もソロモン・ブランドのブドウ酒を造りました。敷地内には庭をつくり、池をつくり、林を造りました。そして、おびただしい数の男女の奴隷を所有し、彼はイスラエル史上、最も多くの財産を持つようになりました。

神様は私達一人一人に賜物を与えてくださっています。ですから事業をする賜物が与えられている人は、しっかりとルールにのっとってそのビジネスに力を注ぐべきでしょう。そして、その時にその仕事が祝福され、その会社が大きくなっていく時、その時に私達がしかと心の中にとどめておかなければならないことは、そのビジネスの祝福はどこからきたのか、そして、その祝福は何のためなのかということです。

なぜなら、私達がこの箇所を注意深く読む時に一つのことに気がつかされるからです。それはこの箇所においてソロモンは6度も「わたし」と言っており、4節においては「わたしは自分のために家を建て」と言い、7節では「わたしより先にエルサレムにいた誰よりも、多くの牛や羊の財産を持っていた」と書いているのです。

これらの言葉からうかがい知ることができることは、ソロモンはその事業は自分自身のためであると思い、また、その事業の祝福は自分の力量によるところが大きいと考えていたということなのです。彼はその事業は主のためであり、その祝福は主から来ているということを忘れていたのです。そして、そのような事業を拡大していくと、結局どうなるかと言いますと、それは常に彼が言っている、あの結論へと導かれるのです。

すなわち、11そこで、わたしはわが手のなしたすべての事、およびそれをなすに要した労苦を顧みたとき、見よ、皆、空であって、風を捕えるようなものであった。日の下には益となるものはないのである(伝道の書2章11節)。

1980年代、元フォード社社長、クライスラー社社長兼最高経営責任者のアイアコッカは時代の寵児でした。世界中に彼の信奉者がおり、その著書や自叙伝が飛ぶように売れたといいます。

その自叙伝の中に彼はこう記しています。 「私は人生の夕暮れ時を迎えているが、今だに人生とは何かを模索している。名声や富を手に入れても、それらは鳥の餌ほどの意味しかない」。

もし、自分のための名声や富であるなら、私達にとってそれらは鳥の餌のように空しいものです。しかし、私達が与えられたものは主の賜りものであるということを知り、その働きを主の栄光のためになしていくのなら、それはどんなに小さな働きであっても、それは大きなやりがいのあるものとなるのです。

最後にソロモンが虜になりました女性達についてお話しします。 伝道の書2章8節から10節を拝読します。8 わたしはまた銀と金を集め、王たちと国々の財宝を集めた。またわたしは歌うたう男、歌うたう女を得たまた人の子の楽しみとするそばめを多く得た。9こうして、わたしは大いなる者となり、わたしより先にエルサレムにいたすべての者よりも、大いなる者となった。わたしの知恵もまた、わたしを離れなかった。10なんでもわたしの目の好むものは遠慮せず、わたしの心の喜ぶものは拒まなかった。

ソロモンの父、ダビデはイスラエル史上、最も真実に神に仕えた王ですが、自分の部下の妻、バテシバと関係をもち、そのことによりダビデは「姦淫・嘘偽り・殺人」の罪を犯しました。ソロモンはこのバテシバとダビデの子なのです。ダビデとバテシバの関係は後の彼の人生にぬぐうことができない、心が引き割かれるような痛みをもたらすことになりました。

ソロモンは確かに比類なき賢者でありました。当初ソロモンは父ダビデの言葉に従い主をおそれ歩みますが、富や名声が高まり、彼の王としての立場が確立するにつれて、神様に向けられるべき心の焦点が徐々にずれてきます。その一つの大きな要因は彼が抱えこんだ1000人にもおよぶ妻や妾でありました(列王記上10章)。これらの女性達はイスラエルのみならず、色々な国々から連れてこられてきた異国の女でした。

ソロモンは彼女達がその異国から持ち込んだ諸々の神々を礼拝することを黙認したのです。そのことにより紀元前931年、彼の死によって王国は分裂し、ソロモンの子レハブアムは南ユダ王国を、ヤロブアムは北イスラエル王国を受け継ぐことになるのです。その後のそれぞれの王国は霊的にアップダウンを繰り返しつつ、しかし完全にに立ち返ることのないまま、それぞれバビロンとアッシリアに滅ぼされていきました。

 自ら書いた箴言31章の言葉はソロモンにとって、自らの苦い経験を込めた戒めの言葉だったのでしょう。あなたの力を女についやすな、王をも滅ぼすものに、あなたの道を任せるな。(箴言31章3節)

ガラテヤ書は言います。「16わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。17なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる」(ガラテヤ5章16節、17節)。

結婚以外の異性との問題というのは、時に私達の理性や知性を超えてしまう力があります。このガリラヤ書は「私達の内にはこの肉なる欲と霊なる思いがある」というのです。そして、これらは互いに対立しており、時に自分がすべきことを知っていながら、それをすることができないほどに、その肉欲の力は激しく、強いというのです。

そして、この激しい肉欲に自力で勝ちを得ようとせずに、御霊と共に歩みなさいというのです。周りをよくよく注意して、しっかりと自らを奮い立たせて歩みなさいとはここに書かれていません。なぜなら、その力には限界があり、私達はこのことに対して、ほとんど無力だからです。ですから、そうではなく御霊によって歩みなさいというのです。

皆さん、いかがですか。今日は酒、仕事、異性についてお話しました。この三つは古の時代にも人の心を惹きつけたものであり、それは今日も変わりません。そして、これらはその用い方によって、神様の私達への豊かな祝福となりうるものです。しかし、その用い方を誤りますと、私達は大変な問題を抱えることになります。そして、それらが行き着く先はソロモンが繰り返し言っていますように、結局のところ、空しい、風をとらえるようなことなのです。

半世紀もの間、伝道と牧会をしてこられた牧師達がしみじみと話していた言葉を傍らで聞いていたことがあります。その先生方は言っていました。「長い伝道牧会の日々だったけれど、諸々の誘惑から守られてきたことは主の憐れみだった」。彼らは特別な人なのではなく、この試みは常に私達に伴うことなのです。

主にある皆さん、このメッセージシリーズの一番、最初にお話したように、私達はこれらのものを「日の下」に置くのではなく、「神の下」に置こうではありませんか。それらを暗き所に隠すのではなく、天来の光によっていつも、これらのことが照らされて、それをご覧になる神様が喜び、主の栄光が表されるように祈り、求めようではありませんか。あぁ、空しい毎日だと日々を過ごすのではなく、御霊に満たされ、御霊と共に歩もうではありませんか。お祈りしましょう。

本日のおもちかえり
2021年8月29日

1)伝道の書2章1節から3節を読みましょう。ソロモンは伝道の書の中で酒と仕事と異姓について言及しています。これらのことに対する現代の関心はソロモンの時代と異なりますか。これらのものは私達にどんな影響を与えますか。

 

2)聖書は「カナの婚礼」「最後の晩餐」「パウロのテモテへの提言」(1テモテ5章23節)等、飲酒について度々、記録しています。これらのことから分かることは何ですか。

 

3)聖書は「ノアの失態」(創世記9章20節-29節)、「レビ記の忠告」(レビ記10章8節‐11節)、「ソロモン自身の言葉」(箴言20章1節)によって飲酒が私達にもたらす弊害について記しています。あなたはこれらの弊害を見聞きしたことがありますか。飲酒が私達にもたらす問題にはどのようなものがありますか。

 

4)ソロモンは「わたしは酒をもって自分の肉体を元気づけようと試みた」(3節)と書きました。それに対して、大変な危機の中にいた彼の父ダビデは「その神、主によって自分を力づけた」(1サムエル30章6節)と記されています。私達が習うべき人はどちらでしょうか。

 

5)伝道の書2章4節から7節を読みましょう。ここからソロモンの事業(仕事)に対するどんな心が読み取れますか(「自分のために家を建て」4節、「わたしより先に・・・」7節)。その仕事は誰のためであり、その祝福はどこから来ているのかということを知ることはなぜ大切ですか。

 

6)上記のことを見失う時に私達は伝道の書2章11節に導かれていきます。あなたにはこのことの心当たりがありますか。

 

7)伝道の書2章8節から10節を読みましょう。ソロモンは異性に対する過剰な執着がありました。このことは今日、私達にどんな問題をもたらしていますか。

 

8)私達はこのことからどうしたら守られますか(ガラテヤ5章16節、17節)

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