評論家?

ためになる話を読みました。その人は「よい仕事ができる」とか「仕事が面白い」と感じるために一つだけ絶対必要なことがあるといいます。何だと思いますか?

それは、「参加すること」だそうです。仕事でも、遊びでも、自分が当事者になり、全力で参加していると、楽しさや情熱が生れてくるというのです。しかし、参加が100%でなく、中途半端、もしくは傍観者になっていると、たいていは粗探しをしたりして、不満ばかりが多くなり、評論家のようになってしまうというのです。

「自分はいつも立派な評論家だった」と言って人生を振り返るのと、「楽しみばかりでなく、苦労もあったけれど、あれもトライしてみた、これに没頭した」という人生・・・。

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私達はどちらを選んでいくのでしょう?

マック

追伸:

父なる神の恵みは 限りなき海ぞ
とも綱を解きて沖へ 漕ぎ出でてみよや

沖へ出でよ 岸を離れ
主の恵みのただ中へ
いざ漕ぎ出でよ

新聖歌345番 「沖へ出でよ」より 

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評論家?」への2件のフィードバック

  1. ほんとうにそうなんですね。
    今頃になって、初めて、というくらいです。「参加する」ことの中に、人とのマジマリや、また楽しみなどがあるってこと、知りました。
    高校の時、文化祭とか、体育祭などで、そういう楽しみをしてきたはずでしたが、それ以来、洞穴の中に入ったきりでした(笑)。
    「参加する」って、でも、なかなかの勇気と、決心がわたしには必要です。すごく怖い。(笑)

  2. fkm1225さん
    私もfkm1225さんと同じなんですよ。
    でも「立派な評論家」っていうのも、何だか全然、魅力あるものとも思われなくて・・・。少し、心改めた次第なのです。

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