イエスの謙虚な心を共有する(本多)

「『神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う』。。。。主のみまえにへりくだれ。そうすれば、主は、あなたがたを高くして下さるであろう」。(ヤコブ4章6、10節)

今朝は「イエスの謙虚な心を共有する」ということについてお話したいと思います。クリスチャンとして、私達は主イエス・キリストと共に謙遜に生きます。なぜなら私達の主であるイエス様が謙遜なお方ですから、私達も謙遜でなければならないからです。このことは私達が神の前に出るにあたって、まず第一にしなければならないことの一つです。そして、これはマタイ5章3節−12節にある「さいわい」と呼ばれるものの一つとして、イエス様が最初に取り上げたことです(本多)。

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小松菜

小松菜:江戸時代に鷹狩りで小松川(現在の江戸川区)を訪れた八代将軍、徳川吉宗が、地元で採れた菜っ葉を入れて作ったすまし汁を喜び、命名。野菜のなかでも栄養価が高く、ほぼすべてのビタミン・ミネラルを含み、なかでも、カルシウムと鉄分の含有量は群を抜いて多い。

日本から持ち帰った野菜の種をこちらの土壌に植えてみたところ、一つも芽を出さない種もある中、小松菜だけは一年中、元気に葉を広げてくれています。日本の種をアメリカで育てるということ、万事、通じるものがあります。はたして日本人が天から賜っている際立った特性とは?

明日、午前10時30分より、バイリンガル礼拝がもたれます。明日のメッセージタイトルは「イエスの謙虚な心を共有する」(本多)です。礼拝ライブは午前10時30分より見ることができます。

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感性は移動距離に比例する

『時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう』(創世記12章1節−2節:ユダヤ民族の祖、アブラハムが75歳の時に、神が語りかけた言葉)

ユニクロ社長の柳井正さんの言葉のようですが「感性は移動距離に比例する」という言葉が最近、心に留まりました。調べてみますと「想像力(創造力)は移動距離に比例する」という言葉も巷に出回っているようです。

言われてみれば、まさしくその通りで、自分が安泰としている土地を離れれば、生き方も考え方も違う人達がおり、見たこともない光景や景色をみることもできます。それは確かに自分の感性や想像力に刺激を与えてくれるし、自分の固定概念を変え、自ら考えることを教え、時には私達の信仰の幅さえも広げてくれます。

思えば神はユダヤ民族を選び、彼らを一つ場所から荒野への放浪に導き、彼らは異国への捕囚民となり、その後はディアスポラとして世界中を巡りました。彼らが何かしらの功績を人類に残しているとするのなら、それはまさしく、彼らの移動距離に比例しているのではないかと思います。

コロナ下で私達の移動距離は激減しました。しかし、臆することなく、見たこともない景色、のけぞるような出会いを求めて再び、旅に出たいと思います。Soli Deo Gloria!

イエス、ペテロ、ヨハネ、パウロが大切にしたこと(大倉信)

そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った、「悔い改めよ、天国は近づいた」』(マタイ3章1節-2節)

『バプテスマのヨハネが荒野に現れて、罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマを宣べ伝えていた。』(マルコ1章4節)。

私達は大抵、互いの関係がスムーズにいくことを願い、心を配ります。ですから、相手を動揺させるようなことは言わないように心がけます。誰かに「悔い改めよ」と喜んで言う人はいませんでしょう。

しかし、ヨハネは違いました。彼は人を恐れず、神を畏れ、たとえそれが聞く者の耳に痛いことであっても、真実を語る人でした。言い方を変えれば、そのことは彼がどれだけ彼の元に来る者達のことを真剣に思い、愛していたかということを意味します。

ヨハネは荒野にぞくぞくとやってくる者達に向かい、「悔い改め」を強く迫ったのです。そのメッセージは神から託されたものであり、それを民に伝えなければならないという確信と使命が彼の心にあったからです。そして、それを聞いた者達は自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けたのです・・・。

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日本文化

年が明けて三週間となりますが、明日は礼拝後に餅をつき、皆でいただきます。また子供達は書初め、駒、けん玉を楽しみます。サンディエゴ在住の方で、子供達にこのような日本文化を体験させたい方がいましたら、どなたもどうぞ!

明日、午前10時30分より、バイリンガル礼拝がもたれます。明日のメッセージタイトルは「イエス、ペテロ、ヨハネ、パウロが大切にしたこと」(大倉)です。礼拝ライブは午前10時30分より見ることができます。

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「イエスの心を共有する」(本多一米)

エペソ書4章1—16節に、パウロは、共通の信仰を中心とした霊的な一致を教会に求めています。そしてもちろん、その信仰はイエス・キリストの上に築かれたものであり、それは神の子イエスに対する知識と結びついています。私達がイエス様についての知識を深めるにつれて、イエス様との関係も成熟していくのです。今年も一つの教会として成長していきたいと願っていますが、そのためには、本当にイエス様の心を理解し、共に分かち合うことが必要だと考えています。そこで、今年度のメッセージシリーズのテーマは「イエスの心を共有する」としました。今日のメッセージはこのテーマを紹介します(本多一米)。

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気分転換

去るクリスマスに息子達が「3D Creative Bookends」なるものをくれました。これは自分で組み立てるブックエンドで、豆電球がついていて、かなりDetailにこだわったもののようです。年末年始、なかなか自由な時間がなく、ここにきて少し日常が戻ってきましたので、そろそろ仕事の合間に取り組もうかなと思っています。

きっと普段は使わない脳を使い、手先も動かすので、いい気分転換になると思います。この電車は江ノ電みたいだな。

明日、午前10時30分より、バイリンガル礼拝がもたれます。明日のメッセージタイトルは「イエスの心を共有する」(本多)です。礼拝ライブは午前10時30分より見ることができます。

明日の礼拝動画

 

 

神の不思議に憩う(大倉信)

『だから、明日のことを思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である』(マタイ6章34節)

「生きる」ということはイコール「苦労する」ということです。イエス・キリストは世間知らずの夢想家ではありませでした。徹底的な現実主義者であったにも関わらず、この言葉をあなたに、そして私に語りかけてくださっていることに感謝します。

誰しもが一日の終わりに、こんな言葉を聞きたいと思っています。「もう、いいよ、それで十分だよ。ゆっくり休みなよ」。

でも、そんなことを言ってくれる人はほとんどいません。多くの人はいいます。「まだまだだよ。まだやり残していることがたくさんあるよね」。「お母さん、僕、勉強をがんばってAをとったよ」「よくやったね。でも次はAプラスを取れるようにがんばろうね」「今日はトイレもキッチンもきれいに掃除したのよ」「本当?ところで庭の草も抜いた?」

主イエスは私達に言われます「一日の苦労はその日だけで十分である」。

主にある皆さん、私達は一日の終わりに、心のどこかでこの言葉を誰かが言ってくれるのを望んでいるのではないでしょうか。このキリストの言葉を信じて、受け止めるのなら、私達は安心して、取り組んでいることから目を離し、手を離し、思いを離し、主の御手の中に憩うことができるのです。あなたの一日の終わり、あなたはイエス・キリストのこの言葉を必要としていませんか。

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三年ぶり!

三年間、持つことができませんでした南カリフォルニアの新年聖会が今日、ロサンゼルスのウエスコビナ教会でもたれ、二回のメッセージを取り継がせていただきました。

なぜ三年間、この聖会が持てなかったのか。言うまでもなく、その原因はコロナです。コロナが私達の生活と教会に大きな変化と影響を残しました。

そして、そうであるのなら、ここから立ち上がっていくために、私達はまず「教会」から始めなければならないと思います。そこで、今日は「コロナを経て:主の教会とは」ということ、そして「コロナを経て:これからの日本人教会」についてお話しさせていただきました。

願わくば私達が同じページの上に立ち、ビジョンをもってこの年も歩んでいけたらと思います。そして、コロナによって土台が固められ、コロナを踏み台に飛躍したいと思います。

明日、午前10時30分より、バイリンガル礼拝がもたれます。明日のメッセージタイトルは「神の不思議に憩う」(大倉)です。礼拝ライブも午前10時30分より見ることができます。

1月8日礼拝動画