リフレッシュ&リディレクション

morning-sunrise-1私の車にはこの教会にも以前、来てくださった森繁昇さんのCDが入っています。その中に「陽の出」と言う歌があり、私は毎朝、この曲を聴きながら教会にきます。そう、それは新しい一日が始まるにあたって、私が教会に来る時の入場行進曲となっているのです。その中にこんな歌詞があります。

『暗い夜にたとえ何があったとしても、決して私を見捨てない、陽の出は』

 「陽の出は私を見捨てない」。そう、朝が私達を裏切って、朝がめぐってこなかったという日を私達は知りません。今朝もこのように朝が来たということ、そして明日も今朝と同じように朝がくるということ、そのところに神のいつくしみとあわれみ、そして真実があるのです。

マック

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父達(男達)へのメッセージ

oよく色々な方達と話していますと「夫がなかなか病院に行ってくれない」という声を聞くことがあります。それも一回や二回ではないのです。しかし、反対に「妻がなかなか病院に行ってくれない」という言葉を聞くことはないのです。男達の決意たるや、そうとうに固いもののようです。病院に行くことが怖いのでしょうか。自分なら病気のほうが避けて通ると思っているのでしょうか。検査を受けて、その結果を聞きたくないと怖気ついているのでしょうか。

「頑固おやじ」とはよく言ったものです。その頑固さが家庭の「錨」となって、家庭が揺るがないということならいいのです。しかし、その頑固さ、すなわちプライドという大きな岩が、家庭を硬直させてしまったり、さらによき父親になりうる道をふさいでしまっているということはないでしょうか・・・。

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今日、お前が見るであろう光景は・・・

一夜明けて、6月15日、その時、私は次男坊の小学校の卒業式に出席していました。その最中、昨夜も共に観戦したYさんからメッセージが届きました。

「イチロー、一番で先発です」。

その瞬間、思いました。今日、このゲームにこの子と行かなければ後で絶対、後悔するだろうなと。そして、この日の思い出を私達は生涯、忘れることがないだろうなと。そう、あの時のように・・・・

幸い、来週は休みが一日もないので半日、こちらに繰り上げることにしようと行くことを即断し、家に帰りチケットサイトで探すと(この時、ゲームの一時間前)、弱小パドレスゆえに(感謝!)、マリーンズのベンチ裏の前から三席目に格安の値段のものが二席。すぐにそれを確保し、卒業証書をチケットに持ち変えて球場に向かいました。

息子と陣取った場所はマリーンズの選手が目と鼻の先、イチローの息遣いまで聞こえてくるような場所でした(結局、私達の前の席は空席だったので、そこに移動しベンチ裏の一番前の席に座ることができました。おそらく私達はその時、地球上でイチローに一番近くいることができたファンだったと思います)。

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こんなにすぐ側で、しかもこのような日に、彼を間近に見ることができたこと、そこから得たインスピレーションは一冊の本を読了することに匹敵するような収穫となりました。彼が目の前で自分の打席に備える時、その眼差しの彼方に何を思うのか、色々なことを考えました。

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スタジアムに向かう車の中で息子に語りました「今日、お前が見るであろう光景はこれからお前が誰かと野球について語る時に、自分はあの時、あの場所にいたんだと胸を張って言えることだぞ」と。そして、その通りに私達の目の前で記録が達成された瞬間、記録が更新された瞬間、この場面に立ち会えたこと、このような経験を与えてくださった父なる神様に感謝しました。

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九回の表、ツーアウト、最後の打順が回ってきた時、敵地の観衆は皆、立ち上がり、打たれた白球がライト戦に飛んでいった瞬間、スタジアムはスタンディングオベーションで包まれ、二塁上でヘルメットを取り、頭を下げるイチローの姿にさらに大きな拍手が捧げられました。証言しますが、その時に「これは日米通算云々」という空気は微塵もなく、この気の遠くなるような記録を打ち立てた一人の野球選手へのリスペクトだけがスタジアムに満ちていました。

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彼は言っています。

『次の目標はいつでも次の試合の一本目の安打』。

彼の心は周りの冷めやらぬ余韻をすりぬけて、今日も次の打席に向けられていることでしょう。そう、私達はもう既に置き去りにされているのです・・・。

マック

追伸:隣にいたおじさんに「お前はメディアの人間か」と聞かれました(笑)。

その時、イチローは・・・

6月14日、午後7時10分、我々15名の者達はペトコパークのホームベース上に陣取り、鈴木イチローの安打記録達成を待ち望みました。しかし、その日のイチローはベンチスタートで、その姿がベンチからあらわれることなく、私達はひたすら彼の姿を待ち望みました。

そして、いよいよその日の最初で最後の代打のチャンスが八回にめぐってきました。ここで打ってくれたらローズとタイになります。私達の期待は最高に高まったのですが、残念、安打は生まれませんでした。私達がベンチから50メートル上でイチローの出場を今か、今かと待っていた時、ベンチの中で彼は何をしていたのか、そんな光景を一部始終、撮っていたカメラマンがいました。

ベンチの中でイチローは若手を鼓舞しつつも、入念にバットを確認し、ストレッチをし、出番に備えていました。バットを置くときの慎重さ、しかも、それを自分の横にいつも大切に立てている、こんな選手はメジャーにはいませんでしょう。あたかもそれは刀を大切に自分の傍に置き、出陣を待つ侍の姿と重なりました。

私達がその日に見ることができたイチローの姿は数分でしたが、私達が見下ろしていたベンチの中で彼はその数分のために手を抜くことなく準備をしていました。そう、彼はたとえその日の出番がなくともいつものように備える人なのです。イチローは言っています。

『小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行く、ただ一つの道だと思っています』

『要するに準備というのは言い訳の材料となりうるものを排除していく。そのために考え得るすべてのことをこなしていくということです』

彼がこのような記録の達成にいたったのは偶然ではなく、この記録は彼の怠ることがない日々の備えによって自ずと導かれた通過点だったのです。これからイチローのゲームを観る時は、たとえその出番がなくとも、ベンチにいる彼の姿を心に思い浮かべようと思います。ベンチにいる姿にまでファンの思いを引き寄せる選手を私はイチロー以外に知りません(大抵のメジャー選手はヒマワリの種を食べて談笑していますから・・・)。

マック

追伸:こうして彼の記録達成は次の日に持ち越されたのでした・・・。

 

 

身を伏して憩う特権

Man at the Airport with Suitcase

旅行に出かける時、スーツケースの重さは私達の心の重さをあらわします。スーツケースを手離してはじめて私達は自由になることができます。「人生は旅」とはよく言ったもので、同じことが私達の人生にも言えませんでしょうか。この場合は実際の私達の荷物ということではなくて、私達の心にある荷物です。心の重荷と呼ばれるものです。それは手に取ったり、目には見えないのですが、スーツケース同様、私達はどこに行くのにもその重荷を背負って生きているというようなこと、ありませんでしょうか。

マック

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十分満足

アインシュタインは毎朝、何を着るかを決めるのは時間の無駄だと考え、同じスーツを複数持っていたといいます。オバマ大統領は自分がくださなければならない決断の数が減るからという理由で常にグレーか青色のスーツを着用しているそうです。マーク・ザッカーバーグも何を食べるか、何を着るかなどの小さな決断でも、繰り返し行っているとエネルギーを消費してしまうという理由で、毎日お決まりのシャツ、ジーンズを身にまとっています。そして、極めつけはやはりこの人です。まさしく彼は全てをアップルに注ぎこんだのでしょう。

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若い時は彼らのような思いは持ちえなかったけれど、今はこの方々の気持ちがよく分かるようになりました。スーツに合わせる靴がほころんでしまい、先日、訪日した際には、あれこれ見比べるのが面倒で、同じ皮靴を二足、新調してきました。最近はジーンズとチノパンと黒いポロシャツがあれば残りの人生は事足りるだろうと思っています。髪の毛は毎週土曜日、主の御用を前に一新、一番短い長さにバリカンを合わせて自分で刈っています。三分で刈り終わり、さらにはシャワーを浴びて二分後に乾く髪は最高です(笑)。色々と塗りたくっていた若き日々が嘘のようです。しかし、今はこれで十分です。このようなことは片っ端から思い悩む必要のないルーティンにしてしまって、もっと力と思いを注がなければならないものに心を集中したいのです。

『だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである』(マタイ6章31節ー32節)。

マック

追伸:「な~んだ、ただ、おじさんになっただけだよ」なんて言わないでくださいな(笑)。

 

 

主はわたしの牧者

shrek the sheep『主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない』(詩篇23篇1節)

自分も、愛する者達も乏しくなることを願う人はいません。乏しくならないためにも自分自身がしっかりとした牧者であり続けるためにめにがんばらなければならないという自負心と共に私達は生きています。ですから私達は一生懸命に働きます。献身的に生きようとします。その心が優しく、責任感がある人であればあるほどに身を粉にして私達はがんばって、がんばって、がんばります。

しかし、実際にどうなのでしょうか。私達が言う、その「わたし」について検証してみると、私達は私達が思い描くような牧者となっているでしょうか。自信に満ちて誰かの先頭に立っているのでしょうか・・・。

マック

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