その日、遺す言葉がありますか。

コロナになり、家にいることが多くなりました。室内にいると息が詰まりますので、時々、外に出て草木や鳥を眺めるようになりました。時に主は聖書の言葉を通してお語りくださいますが、神が造られた被造物を通しても大切なことを教えてくれます。

自然界を見ています時に気がつかされます。それは自然界の諸々の生き物たちは自分に降りかかることを、そのまま受け入れているということです。生まれ落ちる事、生きる事、傷を受ける事、死ぬこと、すなわち、その最期がきましたら、彼らは抗うことなく、その最期を受け止め、大地に身を横たえ、次の命に全てを託して、土にかえっていくのです。

自然界の生き物の死がそのまま人間に当てはまることはないでしょう。人間は動植物とは異なり、豊かに、長く生きるためにできる限りのことをします。そのために私達は働き、心身のために最善を尽くします。それは私達にとりまして、とても大切なことです。

しかし一方で、これらの生き物たちの生き方に惹かれる自分がいます。神の御手の中で生を受け、神の御手の中でその生を精一杯生き、時が来たら、静かに目を閉じ、私達の魂をそっと、あちらの世界に置かせていただく。そこには神から命をいただいた者と神との静かな、そして厳かな信頼関係があります・・・。

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痛恨の失敗、されど・・・

今日はモーセの痛恨の失敗を見ていきたいと思います。モーセにとりまして、自分の失敗が後世の者に読まれるということは不名誉なことでありましょう。しかし、聖書は包み隠さずに、彼の失敗を記録しました。なぜ?私達がこのことを深く心にとめ、モーセと同じ轍を踏まぬためにです。

私達の心身のプレッシャーやストレスを考えるならば、働き盛りの時、仕事や子育てに追われている時は私達の感情も上下に揺れ動き、誘惑の力が大きくはたらく時かもしれません。かといって、これらのプレッシャーを通過すれば安泰かというと、決してそうではなく、残念なことですが「晩節を汚す」という言葉がありますように、その晩年、既にゴールのテープが見える直前に私達はとんでもないことをしかねない者なのです。

そんな私達が今、できることは何でしょうか。夕暮れの空の装いは、昼間の明るさが刻一刻と変化したものです。人生の黄昏は、それに先立つ真昼の時からその特徴を帯びていきます。今から私達は主への感謝と喜びを常として、ひたすら謙虚に、神を畏れ、与えられている日々を大切に、見つめ続けるべきお方から目を離さずに生きる者でありたいのです。

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人の分際を知る

ある時、キリストの弟子ペテロとその仲間達が捕らえられて人の裁きの前に立たされた時に、そこに居合わせた律法学者ガマリエルが声を上げました。

『そこで、この際、諸君に申し上げる。あの人たちから手を引いて、そのなすままにしておきなさい。その企てや、しわざが、人間から出たものなら、自滅するだろう。しかし、もし神から出たものなら、あの人たちを滅ぼすことはできまい。まかり違えば、諸君は神を敵にまわすことになるかも知れない」。(使徒行伝5章38節―39節)

この言葉は、その場に居合わせた人達の心にも届いたのでしょう。ペテロとその仲間達は解放されました。ガマリエルは神を知り、神を畏れる人だったのでしょう、人間の分際をわきまえる人だったのでしょう。そう、彼は自分達の領分によって裁きをなさず、神にそれを委ねるということを知っていたのです。

この彼の姿勢は私達に大切なことを教えてくれます。あなたは誤り多き人間であることを忘れるな。あなたの企てや仕業はあなたの心から出ているものなのか、あなたは「自分の企て」を「神の御心」にすり替えようとしているのか、それをしかと吟味しなさい。神の前にひれ伏し、神に問いかけなさい。まかり間違えば、あなたは天地万物の主権者、神を敵に回すことになる。これだけは避けなければならない・・・。

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リアリストであり、信仰者

その著書で世界的に有名なデール・カーネギーがあるラジオ番組で「あなたが今までに学んだ最大の教訓を三行の短い言葉で言ってください」と問われた時に彼が何と答えたかご存知ですか。彼は言いました。「私が今までに学んだ最大の教訓は、私がいつも何を考えているかということの驚くべき重要性です」。

続けてカーネギーは言います。「もし、あなたが何を考えているかが分かれば、あなたがどういう人か、分かります。なぜならあなたが考えていることが、今のあなたをつくっているのですから。考え方を変えると、人生を変えることができます」。

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今こそ、座って考える時

ここに竹があります。竹には節があります。竹の節はなぜあるのか。調べてみました。竹の節は竹に強度を与えるそうです。ご存知のように竹の中は空洞です。しかし、この節により、竹には強度が増します。

ここから「最小の材料から最大の強度をもつ構造物を作る」という研究が工学者の間でなされているといいます。人は神の創造した竹から学んでいるのです。

日本語には「人生の節目」という言葉があります。コロナで始まり、コロナで終わった一年、そして、私達は新しい年を迎えました。昨年の一年を思うのなら、この年は私達にとって人生の節目になりうるのではないかと思います。そうです、その節目は私達の人生をキリストにあって強固なものとします。

そのために今年、一番最初の日曜日、皆さんに「今こそ、座って、考えましょう」と提言させていただきたいのです。私達が持っている「持ち駒」を全て、自分の前に並べて、腰を据えて、これからのことを考えましょうということです。その時に、今年が私達の節目の年となると信じています。

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