The Grey

デイオフ。

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Cast-away-DVD-coverThe Grey」を見る。「Alive」と「Grizzly」を足したような映画。心底、体が芯から冷える映画。もし飛行機の不時着というものがあるのなら、たとえ話し相手がバレーボールのウイルソンだけでも、トム・ハンクスの歩んだ道を選ばせてくださいと心から思わされる映画。

それにしても、この二つの映画ポスターが似ているところがおもしろい。「過酷な環境を生きている男の顔を見にきてください」ということか・・・。とにもかくにも極寒の原生林の中でも、太平洋の無人島でも不時着すると男はひげ面になるということは確かなようだ。

マック

 

創世記:聖書がまず記していること

よく「“あの人の家庭”は何も問題がない。それに比べて私の家は・・・。」という方がいます。私は仕事柄、その“あの人の家庭”と言われている方達の諸々の事情を聞く機会がありますゆえに、このことにおいて確信しつつありますことは、彼らもその家庭の中で、背負うべきものを背負っているということです。誰しもが何かしら家庭の問題を抱えているということです。このような問題が聖書の最初の書のテーマであるということを私達は心にとめようではありませんか。そして、同時にこれらの問題に対して創世記はそこに光を照らしているということにも心をとめましょう・・・・。

以下、ビデオは途中で切れてしまっていますが、Better than nothingということで掲載します。続きは原稿でお願いします。

 

 今日の「日英両語の礼拝メッセージ原稿」、「おもちかえり」はこちらから↓。今日の礼拝プログラムはこちら。

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一つにとらわれず、全体を!

サンディエゴ日本人教会礼拝メッセージシリーズ

天が地よりも高いように、わが道はあなたがたの道よりも高く、わが思いはあなたがたの思いよりも高い。イザヤ55章8節、9節

一つにとらわれず、全体を!

Large_chess大局観」という言葉があります。この言葉はチェスや将棋などで、部分的なせめぎ合いにとらわれずに、碁盤の全体を眺めることによって、自らが置かれている状況を広く判断するということです。同じように、もし、私達が自分自身のこと、家族のこと、教会のこと、主にある兄弟姉妹のこと、そして私達が日々、暮らすこの世界の動向まで、信仰の目をもって大局的にとらえることができたら、それは私達にとって何にも代え難いものとなるのではないかと思います。

そこで1月29日より、新しい礼拝メッセージ・シリーズとして「一つにとらわれず、全体を!」を始めたく願っています。このシリーズではWooden_chess-set_01毎週、創世記からヨハネによる黙示録にいたるまで聖書の一書を日曜ごとに取り上げ、聖書66巻を66回の日曜日でお話しできたらというものです。通常、一つの書のある出来事から礼拝メッセージは話されますが、聖書の一書には、そこにいたる過程があるのと同時に、それは後に続くものでもあるということを、すなわちその書が聖書全体の中でどのような意味や役目を持っているのかということを知ることにより、同じように私達の置かれている状況を広く、高く、深くとらえる一助となればと願います。そして、この視点が私達に与えられるということは、私達がさらに広く、高く、深く神の愛を知ることになると信じます。   

礼拝:日曜日午前9時より

マック

 

 

 

 

空なる旅路を 楽しき旅路に

あなたのこころの道に歩み、あなたの目の見るところに歩め。(伝道の書11章9節)

  

本日、礼拝でお話した日本語、および英語のメッセージ原稿、本日のおもちかえりです↓。 今週の礼拝プログラムはこちらから。

マック

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彼について

ホジマール・トッキーニョ。

銀幕腕十時」のたしんが、先週、もたれた彼のUFS 142 RIO の試合のビデオを教えてくれました。久しぶりに見た肉体がかつてより一段と大きくなり、その表情も引き締まったように思えました。

MMA Full Fight Video of Mike Massenzio vs. Rousimar Palhares in a Main Card Middleweight Bout @ UFC 142 RIO

妥協なき修練をし続けきたのであろう、それが一目で分かる切れ味ある男の姿を見ることができるのは、同性でありながらも本当に嬉しいことです。この年になってさすがにアイドルを追っかけるというようなことはしませんが、心ひそかに今頃、どこで何をしているのだろうかと思うことがありましたし・・・。

この男とのつき合いはこの時からで、彼ならいつか頂きに立つことができると信じています。たしんに、これまでのアップデートとこれからの展望を聞いたところすぐに返事がありましたので、本人の了承を得て以下、そのまま掲載させていただきます(すぐにこのような返事がかえってくるたしんにも脱帽です)。 

あの「両足タックルに行って両足をキャプチャーした時点で前か横にドライブしていくんじゃなしに引き込んで浮かせて足関節を取る」という技は普通は考えつかないし、よっぽど反復練習をやり込んだ自信がないと絶対に試合では出せない。解説のジョー・ローガンは「世界最高レベルの足関の使い手はトッキーニョと日本の今成の二人だ」と言ってたけど、トッキーニョのキレと比べれば今成はかなり見劣りする。

トッキーニョはあのヒールホールドでUFCデビュー戦以来二度目のSubmission of the Night($65.000ボーナス)を獲得してUFC戦績7勝2敗。ミドル級の現王者は2006年10月以降、絶対王者として君臨しているアンデウソン・シウバで、次期挑戦者決定戦として行われるのが今月末のチェール・ソネン対マーク・ムニョス。ソネンはこれまでで一番、アンデウソンを追い込んで最後の最後に逆転負けを喫した強豪で、俺は90%、ソネンが勝つと思っているし、ソネンが再挑戦した方がムニョスよりも遥かに盛り上がる。

で、トッキーニョは今回の勝ち方がパーフェクトで現在、三連勝中なので、次戦で大物と当てられてスッキリと勝てばその次でタイトル挑戦も現実的になってくるんだけど、挑戦の時点でのチャンピオンがアンデウソンならかなり厳しい。ソネンならタイプ的にイケルと思う。

タイトル挑戦に繋げるという点ではトッキーニョの次戦の相手はマイケル・ビスピングが一番、理想的なんだけど、ビスピングは去年の暮れにKO勝ちを収めてから今のところ次戦の予定が発表になっていないので可能性は決して低くはない。イギリスの英雄・ビスピング対トッキーニョならロンドンかマンチェスターでのPPV大会で堂々とヘッドライナーになれるだろう。それと、アンデウソンはトッキーニョほど背の低い相手とはもう7年以上やってないから逆にやりづらいかもしれない。

たしんがトッキーニョの相手について固有名詞をあげて書いてくれていますが、私はその相手のことを知りませんので、よく分かりませんが、とにかくただごとではないことは分かります(笑)。ということで私も興奮し、落ち着きを失い、椅子から立ちあがり、それとなくシャドーボクシングなんかを初めました(恥笑)。

よぉ~し、突貫ボーイ、このまま突き進め!

マック

 

マーガレット・サッチャー

Iron_lady_ver3_xlg昨日、映画、「Iron Lady」を観ました。言わずともご存じ、かつてのイギリス首相、マーガレット・サッチャーのこと。

若い時に政治に使命をもち、選挙に臨み、ロマンスに落ち、子供が与えられ、冷戦、命の危機、どん底の経済、フォークランド紛争に向き合った一国のリーダーが、現在は認知症と共に暮らしているということ・・・。

人はそれが全てであるかのように彼女を「鉄の女」と呼ぶけれど、それは彼女のほんの一部を指していることであって、夫のシャツにアイロンをあてる時、子供とビーチで戯れる時、レーガンさんと膝をつき合わせた時、イギリス議会で激論を交わした時、一線を退いて新たな課題と共に暮らしておられる現在、これら彼女が歩んできた道を全て込みで考えるのなら、彼女は「鉄の女」なのではなく、まさしく「マーガレット・サッチャー」なのだと思いました。

人が私達のことを何と呼ぼうが、それは私達のごく一部でしかないから、なにもアップセットする必要もありません。自分自身と他に数名の者たちが素の自分を知っていてくれるのなら、「自分の名前こそが自分の全てです」言うことができるのなら、それだけで十分なのですな。

マック

追伸:それにしてもメリルの女優魂、彼女をサッチャーに仕立て上げたメイクさん、衣装さんのプロ魂に敬服しました。

慎重に、かつ大胆に!

 

聖書、イザヤ書55章9節~11節の言葉

わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。天から雨が降り、雪が落ちてまた帰らず、地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、種まく者に種を与え、食べる者にかてを与える。このように、わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない。わたしの喜ぶところのことをなし、わたしが命じ送った事を果す。 イザヤ書55章9~11節

牧師になって16年となります。これまで人がクリスチャンになるということに関して、ことごとく自分の思いはおよばないのだということを数多く経験してきました。すなわち「この人はクリスチャンになるのではないか」「この人は立派に成長していくのではないか」と私なりに考えたことはならず、かえって「正直、この人がクリスチャンになることはないだろう(失礼!)」とか「実際、なっても大丈夫だろうか(再度、失礼!)」という人達がクリスチャンとなり、しっかりと信仰生活を歩んでいるのです!

このようなことは一度や二度ではなく、度々、経験してきたものですから、ここ数年、私はそのような自分の考えを捨てるようにしました。このようなことは予測が全く不可能であり、考えても無駄だからです。すなわち、それはどういうことかと言いますと、私が知り得ないところで神様がその方達に色々な方法をもって確かにはたらかれているということです・・・。

今日の礼拝中継映像がうまくいきませんでしたこと、申し訳ございませんでした。録画したビデオがアップできるようでしたら後ほど掲載させていただきます。本日の「日英礼拝メッセージ原稿」、および「本日のおもちかえり」はこちら ↓ 。今日の礼拝プログラムはこちらから

マック

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